1991年に自動車メーカーのいすゞが、F1エンジンを開発してチーム・ロータスのマシンに搭載し、テスト走行を行った際のビデオ映像の存在が明らかになった。
1990年代初めといえば、日本からも多くのメーカーがF1に参戦していた時代。エンジン供給に限って言えば、一世を風靡したホンダを始め、ブラバムやティレルなどにエンジンを供給したヤマハ、フットワークやリジェなどに搭載された無限ホンダ、そして得意の水平対向エンジンでF1に挑んだスバルなどが有名である。
これらは実際にF1世界選手権に挑んだ例だが、テスト走行のみに終わった日本製F1エンジンもある。チューニングパーツのメーカーとして知られるHKSもF1用エンジンを開発し、1992年にF3000シャシーに搭載して実走テストを行った。そしていすゞも、F1用のエンジンを開発していたのだ。
このいすゞF1エンジンは、1991年シーズンまっただ中の8月、チーム・ロータスのF1マシン“102C”に搭載され、2日間のテストを行っていたことが記録に残っている。短期間のテストだったため暫定仕様の箇所も多々あったが、大きなトラブルもなく走行し、当時のロータスでレギュラードライバーを務めていたジョニー・ハーバートがステアリングを握った。そして、初めての走行にもかかわらず、同日に走っていたマクラーレン・ホンダのアイルトン・セナや、レイトンハウス・イルモアのマウリシオ・グージェルミンの5~6秒落ちで周回したと伝えられている。最高速にいたってはレイトンハウスのそれを凌ぎ、マクラーレン・ホンダと比較しても大きく劣ることはなかったという。
P799WEと名付けられたこのF1エンジンは、当初からF1への参戦を目指したものではなく、いすゞの技術力を試すために作られた。そのため、最終目標はテストで走行すること。この8月のテストで、目標は達成されたのだという。そして当初の予定通り、この後いすゞF1エンジンを積んだマシンが再び走行することはなく、当時の映像が世に出ることもほとんどなかった。
しかしこの度、現場で撮影されたビデオテープの存在が確認され、その入手に成功。このビデオには、気持ちよく吹き上がるいすゞのF1エンジンの音と、ハーバートがドライブするロータス102Cの姿が記録されている。テストのためだけに作られたとは思えぬほど、素晴らしい咆哮を響かせるいすゞF1エンジン。「もったいない」とすら思ってしまう。同時に走行していたマクラーレン・ホンダの走りも記録されており、同じV12エンジン同士のホンダといすゞのエンジン音の違いも、確認することができる。
多くの日本製エンジンが登場し、活躍していた1990年代。世界へ挑む日本製F1エンジンの話を聞き、多くの日本のF1ファンが、わくわくしていた時代だ。この動画は、そんな懐かしい気持ちを、思い起こさせてくれるはずである。
2009年のトヨタ撤退以来、長く日本製エンジンが不在だったF1。しかし、来季から、ホンダがF1の世界に帰ってくる。しかもマクラーレン・ホンダとして。
現在のF1エンジンは、1990年代とはレギュレーションも仕様もまったく別物。しかし、その期待感に変わりはない。日本製の新生F1エンジンが走行するヘレスの合同テストまで、あと1ヵ月と少しだ。