都内中堅商社の営業部は、ある情報に騒然となりました。育児休業中の営業部員A子さんが、米国ニューヨークへ1か月の留学に出発したことが分かったからです。
情報元の友人によると、A子さんはもともと海外留学に憧れていて、入社してから機会をうかがっていたものの、多忙で行けずじまい。そうこうするうちに結婚、出産が続いたのだそうです。
同僚も不満「私たちに仕事のしわ寄せが来てるのに」
このまま復職すれば、仕事と子育ての両立で精一杯になる。であれば今が最後のチャンスということで、留学に踏み切りました。A子さんとすれば、
「ニューヨークには子どもも連れて行くし、子育て中には変わりない。育休中は家から出ちゃいけない、というわけでもないでしょ?」
という考えのようです。しかし国内に残る同僚たちの心中は穏やかではありません。
「A子が休んでいる間に、私たちに仕事のしわ寄せが来てるのに」 「留学できる余裕があるのなら、職場に来なさいと言いたい」
人事部も「こんなことなら育休を与える条件を厳しくしないと」と発言し、職場の独身女性たちは「A子さんのせいで育休が取りにくくなったら、堪ったもんじゃない」と不安げです。
営業部長は「帰国したらすぐに職場復帰すること。さもなくば退職してもらう」というメールを送ろうとしています。しかし、本当にこのように命じることはできるのか。職場の法律問題に詳しいアディーレ法律事務所の岩沙好幸弁護士に聞いてみた。
――今回のご相談は育児休業に関するものですが、会社によってはまだまだ育児休業が取りにくい所もあるようです。みなさんの会社はいかがでしょうか?
さて、育児休業ですが、これは法律に定められた労働者の権利となります。原則1年以上同じ職場で働いており、子供が1歳になっても引き続き雇用される予定であれば、子供が1歳になるまでの一定期間、育児休業を取得できます。
また、会社は、「育児休業の申出や取得を理由に、解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない」と法律で定められています。
ニューヨークには「子供連れ」で行っている
ですから、今回の件もA子さんの育児休業の申出が不当なものでなければ、会社としては、予定の日にちまで育児休業を認めなければなりませんし、ましてや、予定日前なのに職場復帰しなければ退職をさせるなどということは許されません
では、A子さんの育児休業は問題のあるものなのか、検討してみましょう。
今回の件は、A子さんが育児のためにと言いながら実際には留学していたのですから、「育児休業」すなわち「子供を養育するための休業」ではないのではないかという点が問題になると思います。
「育児休業は、あくまで子供を養育するための休業なのだから、留学に行けるのであれば、子供を育てながら仕事することもできる」
と会社が言いたくなる気持ちもわかります。もっと言えば、会社としては、目的外のいわば不正取得ではないかという感じでしょうか。
しかしA子さんは、ニューヨークに子供を連れて行っているので、子育ても行っていると考えられます。子育てを行っている以上、どこで育てるかに基本的な制限はないと考えられるため、育児休業中は子育て以外してはならず、別の事ができるのであれば働きなさいというのは、あまりにも会社都合の考えと判断されてしまう可能性があります。
退職勧奨をすれば「法律違反」のおそれも
ですので、A子さんは子育てを行っている以上、会社としては、A子さんの休業は「育児休業でない」と主張するのは難しそうです。したがって、営業部長が上記メールを送るというのは法律違反となってしまう可能性がありますね。
ただ、このような形で揉めてしまいますと、職場に復帰しづらくなってしまいますので、育児休業を申請する際は、会社とよく話し合ったほうが良いと思いますよ。
【取材協力弁護士 プロフィール】
岩沙 好幸(いわさ よしゆき)
弁護士(東京弁護士会所属)。慶應義塾大学経済学部卒業、首都大学東京法科大学院修了。弁護士法人アディーレ法律事務所。パワハラ・不当解雇・残業代未払いなどのいわゆる「労働問題」を主に扱う。動物好きでフクロウを飼育中。近著に『ブラック企業に倍返しだ! 弁護士が教える正しい闘い方』(ファミマドットコム)。『弁護士 岩沙好幸の白黒つける労働ブログ』も更新中。頼れる労働トラブル解決なら≪http://www.adire-roudou.jp/≫
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