2014年12月19日 13:31 弁護士ドットコム
理化学研究所(理研)は12月19日、これまで行ってきたSTAP現象の検証実験について、「STAP現象の確認に至らなかった」と結論付けたうえで、「本検証計画を終了する」と発表した。
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その際、小保方晴子研究員が取り組んできた再現実験と、同研究所の検証チームが行ってきた検証実験の経緯と内容をまとめた資料を公表した。資料の全文は次の通り。
2014年12月19日
STAP現象の検証結果
理化学研究所
1.これまでの経緯
○「STAP現象の検証」は、2014年1月に英国科学誌Natureに発表した2篇の研究論文(7月に撤回済み)に記載された、刺激による分化細胞の多能性誘導現象が存在するか否かを検証することを目的として、2014年4月1日から1年間を期限に、実験総括責任者に相澤慎一特任顧問、研究実施責任者に多細胞システム形成研究センターの丹羽仁史チームリーダーを充て、実施してきた。
○2014年7月1日、STAP現象の有無を科学的に解明するためには小保方晴子研究員本人による検証が必要との判断により、相澤特任顧問の指揮・監督の下、2014年11月末日を期限に検証計画に参加させることとした。なお、小保方研究員による検証は、丹羽チームリーダーによる検証とは独立に、あらかじめ研究不正再発防止改革推進本部が指名した者の立ち会いの下、管理された新たな実験室で行われた。
○2014年8月27日、丹羽チームリーダーによる検証に関して中間報告を行った。一般的な実験マウスであるC57BL/6マウス由来の脾臓を用いた実験に関して、研究論文に記載されているプロトコール(塩酸(HCl)による酸処理)では、研究論文に報告されたようなSTAP細胞様細胞塊の出現が認められないことを報告した。
○2014年11月21日、多細胞システム形成研究センターの発足に伴い、STAP現象の検証は、研究不正再発防止改革推進本部に検証実験チームを設置し、相澤特任顧問をチームリーダー、丹羽チームリーダーを副チームリーダーとして進めた。
2.STAP現象の検証について
(1)検証の目的と概要
STAP現象は、マウス新生児の各組織の細胞(分化細胞)を一定の条件でストレス処理すると、多能性をもつ未分化細胞にリプログラミングされるという、上記研究論文に記載された現象である。研究論文では、外来性にOct-GFP(多能性幹細胞で特異的に発現する遺伝子Oct3/4の発現制御配列に連結した緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子)を導入したマウス新生児の脾臓などの細胞を弱酸性処理することにより、GFP陽性細胞が出現することが第一の指標とされた。そこで本検証では、GFP陽性細胞の出現頻度を検証し、そのうえで、このような細胞がどこまでリプログラムされた細胞であるか否かを、多能性細胞特異的分子マーカーの発現により検証した。なお、弱酸性処理としては、研究論文に記載のHCl処理に加え、特許出願(PCT/US2013/037996)の明細書にあるアデノシン3リン酸(ATP)処理も行うこととした。
STAP現象が科学的に注目されたのは、研究論文に記載された「酸ストレス処理によって得られたGFP陽性細胞を含む細胞塊(本稿では「STAP様細胞塊」とする。)が胚発生の環境下で各組織に分化し、キメラマウスが得られたこと」、増殖能のないSTAP様細胞塊から増殖能を有し「三胚葉の各細胞への分化能を有するES細胞様のSTAP幹細胞が得られたこと」及び「胎盤系各細胞への分化能を有するTS細胞様のFI幹細胞が得られたこと」の3点であり、この3点がどこまで実現されるかを検証した。
検証に当たっては、1)論文で記載されているリンパ球からの多能性細胞誘導による検証に加え、2)分化細胞特異的Cre組み換え酵素発現(Cre-loxP)による恒常的子孫細胞追跡法を用いた検証の2つの実験系で行うこととし、小保方研究員による検証は1)を、丹羽副チームリーダーによる検証は1)、2)を行った。
(2)小保方研究員による検証結果
論文で主として検討されていた組織が脾臓であったことより、上記1)のとおり、脾臓由来のリンパ球からのSTAP現象の検証に集中して実験を行った。
[1]GFP陽性細胞を含む細胞塊(STAP様細胞塊)の出現数の検証
蛍光顕微鏡による緑色蛍光を検出した結果、酸処理を行わなかった場合ではSTAP様細胞塊はまったく生じないが、弱塩酸処理を行った場合では、その多くにSTAP様細胞塊が形成されることが確認された。しかしその出現数は106播種細胞あたり10個程度と少ないものであった。この出現数は、ATP処理によっても大差なく、研究論文に記載された数百個には達しなかった。この差はマウスの遺伝的背景が影響している可能性も想定されたが、C57BL/6マウス新生児脾臓(C57BL/6脾臓)と、C57BL/6と129マウスの交配で得られたF1新生児脾臓(F1脾臓)で、その出現数に有意な差は認められなかった。以上の検討は、C57BL/6についてHCl処理で11回、ATP処理で14回、F1脾臓についてHCl処理で10回、ATP処理で13回独立に行った。
これとは別に、それぞれの酸処理ごとでSTAP様細胞塊がどの程度出現するかの割合を、フローサイトメーター(FACS)を用いて解析した。19回の酸処理それぞれについて解析を行った結果、リンパ球をはじめとする血球系細胞の分化マーカーであるCD45が陰性でGFP陽性であるSTAP様細胞の集団が、全体の9%であったケースと6%であったケースがそれぞれ1回認められたが、その他のケースでは有意な出現は認められなかった。
[2]多能性細胞特異的分子マーカーによる多能性誘導の検証
STAP様細胞塊におけるGFP発現が多能性獲得によるか否かを評価するため、定量PCR法により、C57BL/6脾臓及びF1脾臓から得られたSTAP様細胞塊における多能性細胞特異的分子マーカーの遺伝子発現を解析した。この実験は全部で247個のSTAP様細胞塊について試みたが、そのうち53個について解析できた。その結果、多能性細胞特異的分子マーカーの遺伝子が発現しているSTAP様細胞塊も確認されたが、その数は少なく、GFP陽性との相関も高くはなかった。再現性をもって多能性細胞特異的分子マーカーの遺伝子が発現するSTAP様細胞塊を確認することは出来なかった。
さらに、55個のSTAP様細胞塊について、Oct3/4、Nanog、E-cadherinタンパク質の発現を免疫染色によって解析した。これらのタンパク質が一部の細胞で発現するSTAP様細胞塊も認められたが、その数は少なくGFP陽性との相関も低かった。
緑色蛍光で判定するGFP発現は、実際は自家蛍光に依る可能性が考えられることから、自家蛍光を赤色蛍光で判定した。緑色蛍光を有する細胞塊の多くは赤色蛍光も有しており、赤色蛍光をもたないSTAP様細胞塊は少なかった。しかし、赤色蛍光が低く緑色蛍光の高い細胞塊も存在し、定量PCRによりGFP発現の確認されるSTAP様細胞塊も存在した。ただし、このようなSTAP様細胞塊での多能性細胞特異的分子マーカーの遺伝子発現との相関は低かった。
以上を要約すると、緑色蛍光陽性細胞の出現が十分には得られなかった状況下において、再現性をもってGFP陽性を自家蛍光と区別し、多能性細胞特異的分子マーカーの発現と対応づけることは出来なかった。
[3]キメラ形成能の検証
STAP様細胞がリプログラミングを反映していることを示す最も確実な指標は、同細胞が正常な胚発生環境下で三胚葉の各組織形成に寄与し、キメラマウス(胚)を生じることである。研究論文では、ES細胞のように個々の細胞に分散してから宿主胚に注入するという方法によってはキメラは得られず、STAP様細胞塊を小さな細胞塊にきざんで、宿主胚に注入する方法をとることが必要とされている。そこで、得られたSTAP様細胞塊を丸ごと、あるいは、加工したガラス針、レーザー、眼科用のメスによりさまざまにきざみ、宿主胚としては胚盤胞胚およびモルラ胚に注入して、キメラ形成能(主として9.5日胚で)を検討した。また、STAP様細胞塊採取後、宿主胚へ注入するまでの時間も、実験の物理的環境下で最短とする工夫も行った。以上のさまざまな組み合わせの下で、全部で1,615個の細胞塊を宿主胚に移植し845個の胚発生を確認したが、リプログラミングを有意に示すキメラ形成は認められなかった。
なお研究論文でのキメラ作成は、山梨大学の若山教授(当時発生・再生科学総合研究センターチームリーダー)によって行われたが、本検証実験でのキメラ作成は、検証実験チームの清成寛研究員(本務はライフサイエンス技術基盤研究センターユニットリーダー)により行われた。
[4]その他の検討
研究論文では、STAP現象を通じて、ES細胞様の増殖能をもち胚体の各組織に寄与するSTAP幹細胞とTS細胞様の胚体外細胞への分化能をもつFI幹細胞が得られたとされている。これら2つの幹細胞の樹立は、若山教授によって行われたが、本検証では丹羽副チームリーダーによる検討の対象とした。
また、細胞の多能性獲得指標としてテラトーマ形成があり、研究論文中でもテラトーマ形成の結果が報告されている。しかし、テラトーマ形成には多量の細胞が必要であるが、十分な数のSTAP様細胞塊が得られなかったこと、及びキメラ形成に比する多能性判定の意義にも鑑み、総括責任者の判断により、小保方研究員によるその検討は予備的な実験にとどめた。
定量PCR解析においては、生細胞を判定するGapdh(glyceraldehyde 3-phosphatedehydrogenase)の発現が不安定で、サンプル調製に要する時間の影響も想定された。FACS解析によるSTAP様細胞塊の出現数は、細胞採取後の染色条件、処理時間によって変動する可能性も示唆された。また、FACS解析の結果では生存している細胞の大半はCD45陽性細胞であり、実験条件が論文レベルの条件と適合していない可能性も考えられたが、本検証では検討を行わなかった。また、研究論文において、より頻度が低いとされた他のストレス条件についても、本検証では検討しなかった。
(3)丹羽副チームリーダーによる検証結果
研究論文で主に使用された脾臓のほか、恒常的子孫細胞譜追跡法が確立された肝臓と心臓について検証した。
[1]酸処理条件の検討
研究論文に主に記載されたHClを用いた酸処理に加え、ATPを用いた酸処理についても検討を行うべく、それぞれを用いて、細胞懸濁液の最終pHがpH5.7付近になる条件を設定した。また、この条件で、処理後1−2日目に細胞死が起こる事を確認した。これらの条件を用いて、脾臓で101回(HCl処理32回,ATP処理69回)、肝臓で116回(HCl処理34回,ATP処理82回)、心臓で80回(HCl処理27回,ATP処理53回)の独立した実験を行った。
[2]STAP様細胞塊の同定方法の検討
研究論文においては、多能性幹細胞で特異的に発現する遺伝子Oct3/4の発現制御配列を用いて蛍光マーカー遺伝子GFPを発現させるトランスジェニックマウス(GOF18)を用いて、GFPの発現をもって、多能性の誘導の指標としていた。まず、同様の方法について検討を行った結果、緑色蛍光検出系と赤色蛍光検出系を組み合わせた蛍光顕微鏡による解析においては、GOF18マウス由来細胞を酸処理後培養して得られた細胞塊は、由来臓器に関わらず概ね緑色蛍光と赤色蛍光の両方を発しており、Oct3/4-GFP遺伝子の発現に由来する特異的蛍光を識別する事は困難であった。また、FACSを用いた解析においては、緑色蛍光を特異的に発現する細胞の検出は出来ず、Oct3/4-GFP遺伝子の発現に由来する特異的蛍光を発する細胞は存在したとしてもごく少数である事が示唆された。また、脾臓由来の弱酸性化処理後培養した細胞について、血球系細胞の分化マーカーCD45と多能性マーカーE-cadherinの発現を検討したが、生存細胞はCD45陽性/E-cadherin陰性であり、多能性細胞の出現は確認できなかった。
一方で、酸処理を行った細胞を培養したとき、処理群で特異的に細胞塊が出現する現象は、細胞が由来する臓器と酸処理の方法に依存して、再現性よく確認された。最も効率よく、高い再現性で確認されたのは、肝臓由来の細胞をATP処理した時で、独立に行った49回の実験のうち37回でSTAP様細胞塊の出現が確認された。この誘導効率は、異なる遺伝背景のマウス(C57BL/6純系とC57BL/6と129の交配で得られたF1)の比較ではC57BL/6純系の方が高かった。
[3]多能性細胞特異的分子マーカーによる多能性誘導の検証
肝臓由来の細胞をATP処理して得られたSTAP様細胞塊について、多能性細胞特異的分子マーカーの発現を、定量PCR法と免疫染色法により検討した。培養した細胞集団全体から抽出したRNAを用いた検討では、Oct3/4などの多能性細胞特異的分子マーカー遺伝子の発現を検出することは困難であった。
そこで、STAP様細胞塊を一つ一つ単離し、そこからRNAを抽出して、定量PCR法による多能性細胞特異的分子マーカー遺伝子の発現を検討した。この結果、3回の独立の実験において、解析したSTAP様細胞塊の17%において、ES細胞における発現量の10%以上のOct3/4の発現を検出した。
一方、免疫染色法によるOct3/4タンパク質の発現の検討では、9回の独立の実験を行ったところ、5回で明らかなOct3/4陽性細胞を含むSTAP様細胞塊を同定した。これらの結果から、肝臓由来の細胞をATP処理して得られたSTAP様細胞塊においては、少数ではあるものの、Oct3/4を有意に発現する細胞が含まれていると結論した。
[4]キメラ形成能の検証
肝臓由来の細胞をATP処理して得られたSTAP様細胞塊について、各種の方法で8細胞期胚ならびに胚盤胞への移植を行い、そのキメラ寄与能を検討した。8回の独立の実験で得られた計244個のSTAP様細胞塊を注入した初期胚の移植に5より、117個の着床後胚を得たが、注入したSTAP様細胞塊に由来するGFP陽性の細胞を含むキメラ胚は存在しなかった。キメラ形成については、小保方研究員による検証と同様、清成研究員が担当した。
[5]幹細胞株の樹立
研究論文では、STAP現象を通じて得られる特徴的性質として、そこから2種類の幹細胞株(STAP幹細胞ならびにFI幹細胞)が、培養条件に依存して樹立されたとされている。そこで、肝臓由来の細胞をATP処理して得られたSTAP様細胞塊について、これらをLIF/ACTHを含む培地で培養し、STAP幹細胞の樹立を試みた。14回の独立の実験で得られた492個のSTAP様細胞塊を培養したところ、少数の細胞塊からは、小型の幹細胞様の形態の細胞の出現が認められた。しかし、これらは培養6−7日目には死滅した。3例において顕著な増殖が認められたが、これらを継代培養しても、持続的増殖を示すことはなく、細胞株は得られなかった。栄養外胚葉幹細胞の培養条件(FGF4含有培地)におけるFI幹細胞の樹立の試みも8回行ったが、STAP幹細胞の検討と同様の結果で、最終的に細胞株は得られなかった。
3.帰結
○Oct-GFPを導入した新生児脾臓、肝臓からのGFP陽性細胞の出現頻度は低く、再現性をもって、これらの細胞の多能性獲得、未分化性を分子マーカーの発現によって確認することは出来なかった。
○細胞塊が有する緑色蛍光を自家蛍光と区別することも困難で、その由来を判定することは出来なかった。
○研究論文で報告されたSTAP幹細胞、FI幹細胞の樹立条件下でも、形態的に類似細胞の出現は認めたが、低頻度であり、継代樹立することは出来ず、これら類似細胞出現の意義を判定することは出来なかった。
○STAP様細胞塊より、さまざまな手法、条件でキメラ作製を検討したが、リプログラミングを有意に示すキメラの作製を認めることが出来なかった。
○以上のとおり、今回STAP現象の確認に至らなかったことから、この検証実験の結果及び本総括責任者、実験責任者による科学的な判断を踏まえ、平成27年3月までを期限としていた本検証計画を終了することとした。
以上
(弁護士ドットコムニュース)