ドライバーとチームが無線で交わした会話から、今シーズンを振り返る年末スペシャル企画。今回は後半戦、第12戦ベルギーGP~第19戦アブダビGPの全セッションから選び抜きました。あなたの記憶に残っている、あの会話は入っているでしょうか。
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【第12戦ベルギー・決勝LAP2】ルイス・ハミルトン→「ニコがぶつかった!」
シーズン後半戦のスタート早々に衝撃が走った。タイトルを争う、メルセデス同士が接触。左リヤタイヤをパンクさせられたハミルトンは「(デフを)MID12で走れ」と指示を受け、なんとかピットインするが最後尾まで後退。ニコ・ロズベルグは「フロントウイングを確認してくれた? フロントエンド(のグリップ)をかなり失っている!」と訴えながら、そのまま走り続けた。ハミルトンは「エンジンをセーブしようよ」とリタイアを訴える。前戦ハンガリーの予選で、火災によってパワーユニット1基を丸々失っていたからこその弱気だった。チーム側は「挽回するための戦略を採ろう。左リヤを労って、このタイヤで15周走ろう。ペースは良いし、あとでセーフティカーが出るかもしれないんだから」と鼓舞しようとしたのだが、ハミルトン本人は「15周も保たないよ」と弱気は変わらず、最終的に37周でリタイアを選択した。
【第12戦ベルギー・フリー走行1回目】アンドレ・ロッテラー→「縁石に乗れないよ」
小林可夢偉に代わり、急きょF1デビューを果たすことになったロッテラー。ケータハムCT05は予想以上にじゃじゃ馬だったようだ。「マシンバランスは中速コーナーがアンダーステア、高速コーナーではポインティ(フラフラと不安定)で、オー・ルージュでは縁石に乗れないよ」と無線でレポート。予選では初出場ながらチームメイトのマーカス・エリクソンを上回ったが、「ブレーキバランスにずっと苦しんでいてロックしていたし、フロントグリップが足りなくて全然パーフェクトじゃなかった」と悔しそうな表情を見せた。マシンとしては、スーパーフォーミュラSF14のほうが、よほど乗りやすく楽しいマシンだと──。
【第13戦イタリア・フリー走行1回目】ニコ・ロズベルグ←「左フロントが我々のリミットになるだろう」
イタリアGP決勝、1コーナーで激しくフロントをロックさせて、ハミルトンに首位を奪われたロズベルグ。金曜フリー走行から、すでに予兆はあった。「左フロントをロックさせてしまい、すごく大きなバイブレーションが出ているんだ」と言うロズベルグに対し、チームは左フロントをいかに守ることができるかが勝負の鍵になるだろうとアドバイスしていた。果たして、決勝レースでロズベルグは9周目に「フロントをロックさせてしまった」と報告。ピットストップ直後の29周目、1コーナーで再びロックさせてオーバーシュートして首位から陥落した。モンツァでロズベルグはブレーキングに苦しみ続けていたのだ。
【第14戦シンガポール・予選Q2】ロメイン・グロージャン→「そんなの知ったことじゃない!」
予選Q2開始直後に「ノーエンジン! ノーエンジン!」と叫ぶグロージャン。小松礼雄エンジニアが「FP3と同じトラブルだ、すまない」と伝えると、「そんなの知ったことじゃない! トラブルが多すぎる!」とグロージャンは熱くなる。ルノー製パワーユニットの信頼性不足に苦しめられた上、ロータス側も空力的に不安定なマシン、さらにパーツ個体差の問題も抱え、原因不明の問題が多発するストレスの溜まるシーズンとなった。ただし、無線で不満をわめき散らしてばかり──という印象のグロージャンだが、小松エンジニアは努めて冷静に対処。グロージャン自身も走行後に状況を把握すると素直に謝ることも少なくなかったという。
【第16戦ロシア・決勝LAP17】小林可夢偉←「プランB、スーティルと戦っているぞ」
シンガポールGPあたりからスペアパーツ不足が深刻化し、鈴鹿FP2のクラッシュ以降は旧スペックのフロントウイングやカウル、フロアで走ることを余儀なくされていた小林可夢偉。それでも戦略面で工夫をして、ザウバー勢を喰うための努力を懸命に続けていた。ロシアGPでも可夢偉とエンジニアたちはあきらめずに戦っていたが、クラックの入った左リヤサスペンションをはじめ寿命の過ぎたパーツで走り続けるのは危険と上級エンジニアが判断、21周目にピットインしてリタイアを指示した。可夢偉は、こんな状態でレースをスタートしたことに不満を露わにしたが、チームは内情を知られることを恐れてリタイア理由を「ブレーキ過熱のため」と公式発表したことで、余計にギクシャクした雰囲気となってしまった。
【第17戦アメリカ・予選Q3】ジェンソン・バトン←「アタックラップはイエローG1、ターン1の立ち上がりでブルーB4」
シンガポールGP以降フロントの空力的改善が進んだマクラーレンだが、オースティンでは金曜から苦戦していた。だが、予選直前にメカニカルセットアップを変えたことが功を奏して2台そろってQ3進出。バトンは「タイヤの神様のヒロシサン(今井弘エンジニア)のおかげだよ」と絶賛した。マクラーレンはステアリング上のボタンを色とアルファベットのみで表現し、機能は外部にわからないようにしているが、「イエローG」はパワーユニット制御系、「ブルーB」はデフ関連だと推測される。なお、バトンは上記のように伝えられているが、ケビン・マグヌッセンには聞き間違いを防ぐためアルファベットを「ゴルフ(G)」「ホテル(H)」といったように言い換えて伝えている。これは、航空業界などで使われている「フォネティックコード」と呼ばれる伝達方法だ。
【第18戦ブラジル・予選Q1】フェルナンド・アロンソ→「アイヤイヤ~イ!」
アタックラップに入った途端に「アイヤイヤ~イ! なんでパワーのない状態で予選を始めなきゃいけないんだ?」と怒りを露わにしたアロンソ。アウトラップで回生システムのバッテリーがきちんと充電できておらず、空の状態になっていてパワーが出なかったのだという。テレビではその部分しか流れなかったが、すぐにアロンソは「OK、チャージしなおして、トラフィックをなんとかして、もう1回アタックするよ」と伝えていた。あとで本人も「別に怒っていたわけじゃないし、たいしたことじゃないよ。テレビで流れるのは裏側で起きていることの1%程度でしかないんだから」と淡々と話していた。
【第19戦アブダビ・決勝LAP1】ニコ・ロズベルグ→「最後まで走りたいんだ」
タイトルが決まる一戦、スタートで出遅れてしまったロズベルグに対して、レースエンジニアのトニー・ロスは「タイヤのことだけを考えろ」と伝えた。「(挽回するための)プランはシンプルだ。ハミルトンとのギャップを維持して、彼より長く走る。それだけだ」と。「右フロントにグレイニングが起きるかもしれない。そのあとリヤのデグラデーションが来るぞ」とタイヤを労ることの重要性を強調して、ピットストップのタイミングを待つ。しかし、24周目に「パワーを失っている!」とロズベルグの悲痛な叫びが響いた。MGU-Kにトラブルが発生し、ペースがガクンと落ちる。53周目には周回遅れとなり「トラブルが多すぎる。ピットインしろ」と指示されたが、ロズベルグは「最後まで走りたいんだ」と訴えた。
【番外編】ニコ・ロズベルグ→「ドライビングアドバイス、プリーズ」
シーズン前半戦たびたび耳にしたのが、メルセデスの無線で「○○○でロスしている、もうひとりのドライバーは●●●をしている」というドライビング比較のアドバイス。「クイックエイペックス(速めのターンイン)」「スローIN・アーリーEXIT(立ち上がり重視のコーナリング)」「レイトブレーキでコーナリング速度を維持」「ターンXは3速で」といったものから、「ターン1では25mリフト&コーストをしている」「ブレーキングを10m遅くしてハードに」「出口でもっと早くステアリングをまっすぐに」といった細かな指示まで内容は多岐にわたっていた。あくまでチーム内での比較ではあったが、ドライバーは自身の力で走るべきという考え方のもと、シンガポールGPから細かな“ドライビングアドバイス”は禁止されることになった。しかし、当初議論されていた無線での技術通信全面禁止とは違い、結局ほとんどのチームにとっては「特に何も影響はない」というレベルの規制にしかならなかった。
(米家峰起)