2014年12月11日 09:31 弁護士ドットコム
もしも村上春樹さんが人気漫画「けいおん!」を小説にしたら、こんな作品になるかもしれない——。そんな風に思わせる文章が11月、ネットの匿名掲示板に投稿され、話題になった。
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「けいおん!」は、軽音楽部に所属する女子高生たちのゆるい日常を描いたマンガ。アニメや映画にもなり、根強い人気を保っている。そんな「けいおん!」を全く方向性が異なる村上春樹風に書いてみた、というギャップが受け、ネットでも「レベル高い!」といった好意的な評価が相次いだ。
こんな試みがなされるのは、村上春樹さんの文体がそれだけ特徴的だということだ。今回投稿された文章については、「(村上春樹さんの)文体そのまんま」という声もあった。
ただ、文章を読んだ人が、その内容ではなく「文体」によって、村上春樹さんっぽいなと感じるのだとすれば、そうした「文体」そのものが著作権法で保護されるのではないか。著作権の問題にくわしい雪丸真吾弁護士に聞いた。
「本件については、著作権法上、いろいろな論点があると思いますが、今回は『文体に著作権は認められるか』という点に絞って、一般論として解説します」
このように雪丸弁護士は切り出した。
「結論から述べると、『文体については著作権が認められない』と思われます」
なぜ「文体」には、著作権が認められないのだろうか。
「著作権が認められるためには、それが『著作物』である必要があります。
著作権法は『著作物』を、『思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの』と定義しています。
つまり、著作物と認められるためには、言葉や、文字、音、色というようなもので、具体的に『表現』されなければならないのです」
具体的に表現されているかどうかが、大きなポイントなわけだ。
「これを裏返すと、まだ『具体的な表現になる前の段階である』もの、つまりアイデアや理論、思想、感情そのものは、著作物として保護されないのですね。
こういった考え方を『アイデア・表現二分論』といいます。これは、著作権法の世界で、最も基本的なルールです」
なぜ、「アイデアは保護されない」のだろうか。
「著作権を認めるということは、その表現を『著作権者に独占させる』ことになります。裏返すと『他の人に使わせない』こともできるということです。
しかし、著作権法のそもそもの目的は、著作物の公正利用や著作権の保護を通じて、『文化の発展に寄与する』ことです。
その目的のためには、『アイデアはだれでも利用可能なものとして留めておいたほうが良い』。つまり、単なるアイデアは独占させるべきではないと考えられているのですね」
では、「文体」は表現なのか、アイデアなのか。
「『文体』は、たとえばgoo辞書だと、次のように定義されています。
『その作者にみられる特有な文章表現上の特色。作者の思想・個性が文章の語句・語法・修辞などに現れて、一つの特徴・傾向となっているもの。スタイル』」
その定義からすると、村上春樹さん風の文体で、まったく別の作品を書くことは、どう評価すればいいのか。
「『海辺のカフカ』と『1Q84』くらいしか読んでいない私が、村上春樹さんの文体について検討するのは、ハルキストの方に申し訳ないですが・・・。
それでも、本件の『けいおん!』を読んでみて、一人称で物語が進む、洗練された比喩が多用されている、別世界の存在である『羊』が登場する・・・など、村上春樹さん風の文体だなと感じた点はいくつかありました。
しかし、それではこうしたスタイルで文章を書くことを、村上春樹さんのみに独占させることが妥当か、という観点で考えると、やはりそれは行き過ぎだろうと思います。
つまり、『文体はアイデアであって表現ではない』という結論が妥当と判断します」
雪丸弁護士はこのように話していた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
雪丸 真吾(ゆきまる・しんご)弁護士
著作権法学会員。日本ユニ著作権センター著作権相談員。慶応義塾大学芸術著作権演習I講師。2014年2月、実務でぶつかる著作権の問題に関する書籍『Q&A 引用・転載の実務と著作権法』第3版(中央経済社)を出版した。
事務所名:虎ノ門総合法律事務所
事務所URL:http://www.translan.com/