2014年11月29日 11:11 弁護士ドットコム
「働く上での権利・義務を学校教育でもっと学びたかった」。そう考える若年労働者が7割いるというアンケート調査結果を、連合(日本労働組合総連合会)が11月20日に発表した。18歳から25歳までの働く男女にインターネットで調査した結果だという。
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近年「ブラック企業」が流行語となり、若者を過酷な労働環境で使い捨てる企業の存在が問題となっているが、労働者が「働くルール」をきちんと理解しているかといえば、必ずしもそうとはいえない状況だ。
では、高校生や中学生が学校で労働法を教えてもらい、労働に関する権利や義務について学ぶようになれば、問題は解決するのだろうか。ブラック企業対策プロジェクト事務局長で、若者の労働環境の改善に取り組む嶋崎量弁護士に話を聞いた。(取材・構成/関田真也)
――「労働上の権利を学校で学びたかった」という人々の意識について、どう思いますか?
労働法の知識を学校教育の中で伝えていくことは、もちろん重要なことだと思います。特にブラック企業の被害者である若年労働者へのこういったアンケートは、とても意味のあるものだと思います。
しかし、高校生や中学生に対して、単に具体的な労働法の「条文」知識を詰め込むだけであれば、抽象的な知識は忘れてしまいますし、根本的な効果が薄いように感じます。
「条文」知識があったとしても、労働現場で活用できるかどうかは別の問題です。残業代について知識があったとしても、「権利を主張するメンタリティ」がなければ、実際には役に立ちません。ブラック企業の被害者は、会社に非があっても自分を責めてしまい、権利を主張するところまでたどり着きません。
――「権利を主張するメンタリティ」とはどういうことでしょうか。
日本においては、ドイツやイギリスなどに比べて裁判所で解決される労使紛争は圧倒的に少ないのですが、だからといって、日本の労使関係が円満というわけではありません。労働者が一方的に泣き寝入りしているだけの状況がほとんどです。
たとえ知識を知っていても、自分を責めてしまったり、自分の権利を主張したいと思っても周りからは「変なことをしている、偏った人」だというレッテルを貼られてしまうことをおそれたりする場合が多いのだと思います。残念ながら。
このような世間の空気を敏感に感じる人は、自分の労働問題について理不尽さを感じても権利主張をする気持ちにならず、知識を得ようと調べてみたり、相談に行こうと思ったりする段階まで、たどり着きません。
――特に、いま働いている会社で、残業代請求などの権利の主張を真正面からすると、職場に居づらくなるというのが現実ですよね。
たしかに、そういった実態は否定できません。周りと違って自分だけが権利主張することがよしとされない風潮もありますしね。
正直に申し上げて、いま職場で働いている人や、これからも働き続けようと思っている人に対して「労働基準法はこうなっているから、未払いの残業代を堂々と会社に請求すればいい」と、単に法的なアドバイスするだけでは、実際の権利行使には結びつき辛いだろうと思います。
空気を読まず、一人でも権利主張できる人はごく一部の方です。権利行使した後の会社との関係や周囲の目を気にすると、法的な知識をもっていても実際にその権利を行使できる人は少ないのです。
ですから、労働法の法律論だけをアドバイスしても、現実に働く労働者が、会社に対して権利行使するようにはならないでしょう。
――では、具体的にどのような対策が考えられるでしょうか。
労働者側が労働組合に加入した上で、みんなで権利を主張していくことが大切だと思います。一人で権利主張することが難しくても、労働組合を通じてであれば、会社からの報復に対抗する力が、労働法で与えられます。
一番手っ取り早い方法としては、一人でも加入できる労働組合、いわゆる「ユニオン」に加入することです。一人ではなく、職場の仲間と一緒に組合に加盟したり、組合を作ったりできれば、理想的でしょう。
ただし、使用者側は、当初はほぼ100%、組合のことは嫌っていて、抵抗してきます。権利主張したいと考えて組織で固まろうとする人間に対しては、あの手この手で圧力を加えてくることもあります。
――そうすると、労働組合に入るという手段が本当に効果的だといえるのでしょうか?
いまの若い人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、優れた組合組織を作る専門家もいます。ぜひ、今回のアンケートをとった連合などの窓口に相談してみてほしいと思います。どうやって労働組合を作っていくべきか、アドバイスを受けられます。
組合を作れば、ただちにすべての権利を実現できるというのは絵空事かもしれませんが、適切な組織を構築して交渉力を得れば、最終的にきちんと会社と問題解決に向けて話し合える、労使関係を構築できるのも事実です。
――しかし、「労働者が組織化する」というと、かつての学生運動や過激派のイメージを連想させ、それ自体「偏っている」とみなされるのではないでしょうか?いまの若い人たちが、組合作りの「専門家」に頼るのは、現実的ではないような印象もあります。
若い人たちに、そういった偏見があるのは事実だと思います。しかし、そのような偏見によって、労働組合の力を活用するチャンスを逸しているのであれば、もったいないことです。こういった偏見が、ブラック企業をのさばらせる、大きな要因にもなっています。実際に、労働組合を作って活動している「普通の若者」だっているのです。
労働者を使用者と対等の地位に立たせるために、憲法28条は「勤労者の団結権」を明文で規定しています。組織化して対抗しないと、労働者の権利は簡単には守られないからこそ、憲法では勤労者の団結権が保障されているのです。
労働組合に対する無関心や偏見を変えていくことは、時間がかかるかもしれません。しかし、労働者の権利実現のためには、避けては通れない大きな課題だと思います。
――今後、労働者が権利主張しやすい社会を実現していく上で、重要なことは何だと思いますか?
労働組合も、労働組合とかかわる弁護士も、問題の解決ができた具体的なエピソードを積極的に伝えて、労働者自身がいま置かれている問題と重ね合わせやすいイメージを作れるようにしていくことが大事だと思います。問題が起きたときに、そのエピソードが頭の片隅にちょっとでも残っていると、いざ自分が権利主張をするときにも、抵抗感を感じにくくなるでしょう。
「労働者が自分の権利を主張することはおかしなことじゃない」という空気感を、地道に膨らませていくことが、重要です。そのためにも、権利主張する意識、労働組合の意義・役割を含む、きちんとしたワークルール教育を広めていくことが必要だと思います。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
嶋崎 量(しまさき・ちから)弁護士
日本労働弁護団常任幹事、ブラック企業対策プロジェクト事務局長。共著に「ブラック企業のない社会へ」(岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)。
Yahoo!個人ニュースhttp://bylines.news.yahoo.co.jp/shimasakichikara/
事務所名:神奈川総合法律事務所
事務所URL:http://www.kanasou-law.com/