アブダビ合同テストにおいて一番の目玉は、間違いなくマクラーレン・ホンダの公式テストデビューだ。それを示すように、朝からマクラーレンのガレージ前には大勢の報道関係者が足を運ぶが、作業の様子を隠す衝立は頑として動かず、ガレージ内からもマシン整備作業の気配は漂ってこなかった。
それもそのはずで、マシンはノーズやカウルが外れた状態でウマに乗せられ、その周囲を立ち入り禁止の黄色いテープに取り囲まれていた。ERS(エネルギー回生システム)のバッテリーや電気システムにトラブルの疑いがあり、ホンダのエンジニアが確認作業に追われていたからだ。
「火を入れる前の段階でチェックをしていて、『え、こういう数値が出てしまった? じゃあ一度ハーネスを外して確認してみよう』という感じで次から次へと『これも確認しなきゃ、これも……』とやっているうちに、昼になってしまいました。シルバーストンで走った後にクルマを一度バラして、配線の取り回しなど調整したところが未確認だったので、その確認作業に時間が相当かかってしまったんです」(新井康久ホンダF1総責任者)
周囲のチームもやはり新規参入のホンダの様子は気になるようで、閉ざされたガレージの様子を覗きにやってくるスタッフの姿も少なくない。バッテリー関係の問題を抱えているようだと聞くと、「やはりね」「このパワーユニットはそんなに簡単ではないんだ」と、今年の開幕前テストの様子を振り返りながら納得して帰っていく。
マクラーレンのスタッフたちは手持ち無沙汰だが慌てる様子もなく、ホンダ側の作業が終わるのを待っている。「空力や2015年用プロトタイヤのテストプログラムも用意しているが、まずはパワーユニットのシステムチェックが最優先。それが終わってから次のステップに進む予定だ」とある関係者。
午後2時にランチタイムが終わってセッションが再開される頃には、マクラーレンのガレージ内はやや慌ただしさが増してきた。すでに立ち入り禁止のテープは外され、モノコック上に置かれた『高圧電流注意』の黄色いライトも取り除かれた。そして午後2時10分についにホンダエンジンに火が入れられ、アイドリングの後に少しだけスロットルを開けて回転を上げる音が響く。スロットルが閉じる時のターボ音や、ガレージから漂うオイルの匂いが、いよいよその瞬間が近付いて来ていることを感じさせる。それを察知してか、マクラーレンのガレージ前にはかなり大勢の報道陣が集まってきている。
午後3時10分、待ちわびた瞬間はついにやって来た。再びエンジンに火が入り、衝立がさっと開いて中からMP4-29H/1X1が姿を見せた。ストフェル・バンドーンはすぐさまクラッチをつないで発進し、スムーズにピットを後にしていった。
ゆっくりとしたインスタレーションラップを終えたバンドーンはピット入口の手前からエンジンを切った状態で惰性でガレージへと戻ってきた。しばしチェック作業の後、午後4時ちょうどに2回目のコースイン。今回はメインストレートを通過して2周走行する予定だったが、バックストレートエンドで突然カットオフしてしまい、ターン14の先で止まってしまった。
「ハードウェアが壊れたというわけではなくて、コントロールデータが自分たちの想定していた数値と違ったところが出てきたということですね。『ここはもうちょっと配慮しておけば良かった』といったような」
その後、ガレージに戻ってきたマシンは午後5時29分に再びコースインを果たすが、1周でピットイン。結局この日の周回は合計3周、タイム計測はできないまま、終了することとなった。それでも新井総責任者の表情は明るかった。
「こういうことも予想していましたし、トラブルの原因も特定できています。(初テストなので)いろいろ起きて普通なんじゃないかと思いますし。シルバーストンではたまたま上手くいっていたものが、ここで出た。でも、ここで出れば対策をして明日からは出ませんから、たくさん勉強したと言えます。最後の走行でもいろいろ問題は出ましたが、これからデータエンジニアがチェックして、明日はいけると思っています」
ステアリングを握ったバンドーンは「まだ初期確認走行でしかないから従来型との比較は難しいけど、(メルセデスAMGとは)エンジンサウンドも少し違うし、コクピット内でのフィーリングは良かったよ。重要な役目を担えて光栄だし、来年の新車テストに向けて1周1周が価値あるテストだ」と語った。
たった3周でも、大きな意味のある3周。今回のMP4-29H/1X1によるテストがどれだけ重要なものになるか、それは彼らが今日得たデータをこれから分析して明日に生かし、さらにどれだけデータ収集を進め、さらには2015年に繋げることができるかにかかっている。
(米家峰起)