Twitterアカウント「めいろま」こと谷本真由美氏が、女子校について持論を展開している。日本では「女子校が必要ない国に比べたら、まだまだ女性差別が凄まじい」ため、女子校や女子大は「あった方がいい」というのだ。
「女子校は男子の目を気にしないで自由に活動できるし、なんでもやらなくてはいけないので自立心が身につく。女性だからどうだと先生もいわない」
女性から「異性の目なしの高校生活は貴重」の声
性別で学校を分けることは性差別を固定化する見方もあるが、女子校育ちのめいろま氏の考えは違うらしい。大学に行った途端に、女子だから「事務やって」「炊き出し担当」「お酌当たり前」「そんなに勉強するの」「そんなに運動するの」といった「共学出身の男女から圧力が凄かった」と明かす。
一方で、英国在住のめいろま氏が「ガイコクにいて素晴らしいこと」と評価しているのは、自立した女性が社会でしっかりと活躍していることだそうだ。
「女性はこうしろ、何歳はこうしろ、こういう見た目ならこうだ、の圧力から逃げられる」
「イタリアやスペインは日本より女性は遥かに強いし、ボリビアやチリの上流階級女性は専門職として大活躍」
この投稿をきっかけに、同じ日本人女性たちからも支持する意見があがった。ある女性は、娘が南アフリカの女子校に通ったことで「ものすごい自立した女性になりました」と明かし、「つくづく異性の目なしの高校生活は貴重だなあと」とめいろま氏に賛同している。
日本の共学校では、男女の社会的役割分担を早くから刷り込まれるので、海外で「異性の目なし」の環境にいると、自らの可能性を狭めなくなるということだろう。女子校では「生徒会長も力仕事も全部(女性が)やる」ので自立を促すという意見もあった。
文科省の学校基本調査によると、1993年には全国に655校あった女子校の数は、2013年には324校と半数程度になっている。めいろま氏の主張に沿えば、日本女性の自立を促す貴重な場所が減っているということになる。
異性の目がないと「下品になる」という意見も
一方で、異性の目がない環境のデメリットについて述べる意見もある。金融経済アナリストの春山昇華氏は、めいろま氏の投稿に先立つ今年9月、ブログに「男女共存は、生き生きとした生命感に溢れた社会を生む」というエントリーをあげている。
「男性だけの会社コミュニティはだらしなく、下品でも許される。飲み会だけにとどまらない下ネタ。これらは、異性の目が無いからはびこる」
「同じ時間、同じ場所、同じ目的で、男女が共存することで、男性だけ、女性だけのコミュニティに比べて、良い刺激が加わり、生き生きとした生命感が増す。その結果、社会は活性化すると思う」
そこでキャリコネニュース編集部は2人の女性に話を聞いてみた。九州の女子校出身の20代の女性は、女性でも「異性の目がないとだらしなくなる」と春山氏に賛同する。しかし、女子校育ちで「自立した女性」になるというめいろま氏の見方には違和感があるという。
「子どものころから、親や地域の人から『女性は可愛げがあって、早く結婚して子どもを産めば十分』『頭の良い女性は可愛げがなくなる』と言われ続けました。上の世代の男性ほど、そうした『女性はこうしろ』という意識が強いと思う」
たとえ女子校で性差のない教育を受けても、周囲の声や環境によって、めいろま氏の言う「自立」が阻害されていると感じるという。さらに女子校・女子大と進学した周囲の女性は、男性を見極める目が養われないため「悪い男に騙される人が多い」という。
学生時代だけ「純粋培養」されても、社会全体が変わらなければ「免疫」がない分、男性社会の論理に飲み込まれてしまうことがあるのかもしれない。
「オンナの涙」を気に留めない時代は来るのか
では、めいろま氏のいう「ガイコク」の女性はどうなのか。カナダで働いた経験のある30代の女性に話を聞くと、カナダの会社は男女平等で「女だから、という要求は一切なかった」と振り返る。
「プライベートで男性は『レディ・ファースト』で必ずドアを開けてくれたり、いわゆる『ジェントル』な気遣いを見せてくれる。でも、仕事には男女関係なく公正な評価が下るので、仮に仕事のミスなどが理由で女性が泣いても誰も気に留めません。そういう環境なので、日本の女性よりも強いと思いました」
仕事が理由で「女性が泣いた」ことに過剰に反応するようでは、まだ男女平等には程遠いということか。この女性は、日本企業がカナダのような「公平性」を獲得するには「あと3世代はかかると思う。私が生きてる間はムリ」と悲観的だった。
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