採用面接では、応募者に「尊敬する人は誰ですか?」「愛読書はなんですか?」と尋ねてはいけないとされている。しかし採用担当者としては、聞きたいと思うときもある――。企業で採用担当者を務める河合浩司氏が、キャリコネニュースのコラムでこう漏らしたところ、ネット上で大きな反響が寄せられた。
11月15日までに200ものはてなブックマークが付き、コメントも殺到。採用面接はお見合いみたいなものだから「思想や信条、キャラなんかもお互い知っておきたいと思うよ」と河合氏に賛同するものもあったが、多くが批判的なものだ。
仕事の能力と関係ない差別は「性差別と一緒」
河合氏は記事で2回にわたり、自分と大きく異なる思想信条を持つ会社に入社してしまったら、お互いに居心地の悪い思いをする可能性があると指摘。特に経験も専攻もない高卒採用においては「能力よりも相性を重視する」ので、
「実際、日常の人間関係で『生活信条』『モットー』『思想』や『価値観の違い』によって、個人を判別することは往々にしてあるはずです」
と、愛読書や尊敬する人など様々な情報によって会社と応募者の相性を判別したいというのが「多くの企業のホンネ」ではないかと推測している。
この記事に対し、ネットユーザーからは「それ完全にアウトだから!」と厳しい言葉が並んでいる。労働者は労働力を企業に提供するだけなので、「どんな思想信条を持っていても企業には無関係」というわけだ。
「別に共産主義者とネトウヨと無政府主義者が、机を並べて仕事してたって何の問題もないじゃん」
社会保険労務士の藤井恵介氏も、そもそも会社と従業員が価値観違うのは当然、と釘を刺す。それは政党事務所の採用面接だとしても、基本的な考え方は同じだという。
「仕事の能力と関係のない思想信条を理由に候補者を排除するのは、人種差別や性差別と同じで絶対にいけません」
最高裁は「採用の自由」の原則打ち出す
その一方で、愛読書や尊敬する人が「思想信条」というほど大げさなものなのか、という疑問もあり、はてなブックマークには河合氏と同じように「これは本当に悩ましい問題」とする人もいる。
「一緒に仕事をする人間を選ぶにあたって、一番大事な要素を質問することに制限がかかっているっていうのには、苦言を呈したくなることは多々ある」
厚生労働省が今年3月に作成した「雇用指針」には、企業には原則として「採用の自由」があると次のように明記されている。
「判例では、企業には、経済活動の一環として行う契約締結の自由があり、自己の営業のためにどのような者をどのような条件で雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に行うことができるとしている」
根拠とされているのは、昭和48年の「三菱樹脂事件」の最高裁判決だ。ある大学生が採用試験で「学生運動への参加の有無」を尋ねられ、これを否定して入社したものの、その後の会社調査で参加の事実が発覚したため、会社から本採用を拒否された。
これに対して大学生は「思想・信条の自由を侵害するもの」として会社を提訴。東京地裁では学生側が勝利したが会社が控訴し、最高裁では、雇用契約締結の際の思想調査やそれに基づく雇用拒否が「当然に違法となるわけではない」と覆っている。
つまり判例では、会社がどんな人を雇うかについては「原則として自由」となっており、この点では河合氏の実務上の本音に近い考え方といえるかもしれない。なお最高裁は、本採用の拒否について審議が尽くされていないとして高裁へ差し戻し、その後和解で決着している。
ウェブサイトで「右翼企業」を否定する会社に称賛
とはいえ、採用の自由にも制限がないわけではない。前出の雇用指針にも「法律その他による特別の制限がない限り」という断りがついており、関連情報として「雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン」から、「求職者等から社会的差別に繋がる個人情報を取得してはならない」という部分を引用している。
厚労省のガイドライン「公正な採用選考について」は罰則こそ設けていないが、「思想」「愛読書」「購読紙」のほか、「尊敬する人物」「宗教」「支持政党」「人生観・生活信条」「労働組合・学生運動など社会運動」を尋ねることは就職差別につながるおそれがあるとして、「配慮すべき」という表現を使っている。
河合氏や賛同者が提起するのは、愛読書や尊敬する人物が「社会的差別に繋がる個人情報」かどうかという疑問だ。60年安保がらみの三菱樹脂事件がガイドラインに影響を与えているとして、「もう中身が古くなってるんじゃないの?」という人もいる。
はてなブックマークには、ガイドラインの是非を論じるのではなく、企業と従業員との思想面でのミスマッチをなくす策として、「会社側が詳らかに明言しておいて、応募側がそれを見て判断すれば良い話である」という案が支持を集めていた。
ネットユーザーが具体例にあげたのが、おかきなどの米菓を製造する播磨屋本店(兵庫・豊岡)だ。同社は代表の播磨屋助次郎氏が「地球革命」を提唱していることで知られ、ウェブサイト上の「一問一答」コーナーでも、「右翼企業だという噂は本当ですか」という質問に、代表自ら「全くちがいます」と回答。
「日本を本来あるべき姿の『日本』に戻すべく、天皇や皇太子に人間的覚醒を求め続けているだけなのです。右翼だなどと勘ちがいされるのは、そのせいだろうと思います」
と説明している。ここまで書けば代表と違う思想の持ち主が応募することもないに違いない。はてなでは「播磨屋さんくらい明確にアピールしてると、わかりやすくてみんな幸せになれると思うんだ」と称賛するコメントも寄せられていた。
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