フェリペ・マッサ3位表彰台にブラジルのファンは歓喜した。だが、今季4度目の4位に終わったジェンソン・バトンも、その位置を狙っていたのだ。果たしてマクラーレンに逆転のチャンスはあったのか。ブラジルGP決勝レース中継でピックアップされた無線交信から探ってみよう。
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「この周ピットインするの? しないの?」
「ピットインしてくれ」
「もう遅すぎるよ!」
「じゃあ次の周にピットインだ、プッシュしてくれ」
「わかった」
50周目、最後のピットストップを前にマクラーレンのジェンソン・バトンと彼のレースエンジニア、トム・スタラードの間で慌ただしいやりとりが行われていた。
前任のデイブ・ロブソンがチームの技術体制再構築にともなって昇格することになったため、スタラードは今年のドイツGPからバトンのレースエンジニアに就任した。2010年からバトンとコンビを組んできたロブソンに比べれば、パフォーマンスエンジニアから昇格したばかりのスタラードは、まだレースエンジニアとしての経験が浅いことは否めない。
こんなやりとりが交わされていたのは、このレースでこれが初めてではなかった。
25周目に3番手のフェリペ・マッサがピットイン、ピットレーンスピード違反による5秒ペナルティを消化した上で2回目のタイヤ交換を行った。
マクラーレン陣営は、その直後にバトンをピットに呼び入れ、マッサをアンダーカットする作戦を狙っていた。24周目の時点で間にバルテリ・ボッタスを挟んで5位バトンとのギャップは3.4秒。マッサが5秒ペナルティを科せられていたことを考えれば、逆転は十分に可能だった。
しかし、ここでもバトンは最終コーナーに差しかかるまでにピットに呼び入れられず、タレたタイヤで1周余分に走ることになってしまった。
「リヤタイヤはオーバーヒートしている? それとも十分に温まっていない?」
「ジェンソン、オーバーヒートだ」
「すごいオーバーステアだよ!」
結局27周目にピットインしたバトンは、マッサの1.7秒後方でコースに戻らなければならなかった。
「マッサはペナルティを消化したのか?」
このピットストップでマッサの前に出られると思っていたバトンが、そう尋ねるのも無理はなかった。
前戦アメリカGPでも、ケビン・マグヌッセンをピットインさせるためにバトンがピットインの指示を取り消されて不快感をあらわにする場面があった。今回もチームの戦略判断と無線交信がチグハグな印象は拭えなかった。
タイヤ戦略を担う今井弘プリンシパルエンジニアは、あそこでマッサの前に出られたとしても、3位を死守できたかどうかは疑問だと語る。
「2回目のピットストップは失敗しました。早く入れようとしていたんですけど、うまくいかなかった。あそこで1周早く入れていれば、5秒ペナルティを消化したマッサの前に出られたはずだったんですけどね。でも、ペース的にはウイリアムズに対抗できていませんでしたし、表彰台をキープできたかどうかと言われれば、抜かれてしまったんではないかと思うんですけどね……。もうちょっと速さがないと表彰台には手が届かない」
それでもバトンは50周目に最後のピットストップを終えたあと、キミ・ライコネンをコース上で抜き去り、セバスチャン・ベッテルを引き離す力強い走りで4位を手にした。
シンガポールGP以降、マクラーレンは来季に向けた開発に注力。その甲斐もあって今季型マシンの問題解決も進んでいる。バトンにとってF1最後のレースとなってしまう可能性もある最終戦アブダビGP。そこではパーフェクトな戦略と無線交信で最高のレースを見せてもらいたい。
(米家峰起)