ブラジルGP開幕を翌日に控えたインテルラゴスのパドックでは、お昼過ぎから記者会見が分刻みで予定されていた。会見は少しでも多くのメディアに参加してもらうため、特にトップチーム同士は時間を前後させるのだが、その日はトップチームで唯一、時間が重複して行われた会見があった。フェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンである。奇しくも、ふたりは来季マクラーレン・ホンダの候補に挙がっているドライバーだ。
アロンソの会見は大勢のメディアで賑わっていたが、バトンのほうも英国系メディアを中心に立ち見が出るほど集まっていた。しかし、その雰囲気は、まるでお通夜のような静けさだった。バトンが“白旗宣言”ととれるような発言をしたからである。
「最終戦のアブダビGPが僕にとってF1で最後のレースとなったとしても、特に何かお祝いをすることはない。だって、僕はまだレースから引退するつもりはないから」
今年でマクラーレンとの契約が切れるバトンは、来年の契約に関して、これまで一貫して「待ち」の姿勢を貫き、多くを語らなかった。今回、このような発言をした背景には、マクラーレンの対応にドライバーに対するリスペクトが感じられないという不満があるからではないだろうか。
バトンに近い、ある人物はこう言う。
「待たされるにも限度がある。ジェンソンは1年目や2年目のドライバーじゃない。チャンピオンになったドライバーであり、彼にも選ぶ権利がある。誰かの判断を待たなければならない状況になっているということは、その人物がチームに入ってきて、マクラーレンがジェンソンを選んだとしても、おそらくチームは新しく入ってきたドライバーを優先することは目に見えており、ジェンソンが苦痛を強いられることは火を見るより明らかだ」
この意見には、バトンを長年取材してきたイギリス人ジャーナリストも同調する。
「エリック(ブーリエ)は最初『日本GPまでには発表する』と言い、日本GPが近づくと今度は『10月末』と言いだし、今では『最終戦までには……』と二転三転している。そのような対応では、ドライバーの心はチームから離れてしまう」
会見で、バトンはこんなことも語っていた。
「ルイス(ハミルトン)と組んで勝利を目指したマクラーレンでの3年間を本当に誇りに思う。特に2012年は忘れられない。でも、残念ながら今はちょっと違う。僕はまだやれると思うし、体力的にもまったく問題ない。だからレースをやめるつもりは、まだない」
これは終わりの始まりなのか、始まりの終わりなのか、バトンの決断はいかに。
(尾張正博)