ピットレーンからアメリカGPを戦ったセバスチャン・ベッテル。それは、決して最速ではないストレートスピードで多くのマシンを抜かなければならないことを意味していた。現チャンピオンが挑んだ、簡単ではないミッション──決勝レース中の無線交信を中心にクローズアップする。
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セバスチャン・ベッテルのマシンには、金曜の段階からチームメイトのそれと比べて明らかに薄いリヤウイングが装着されていた。6基目のパワーユニット全コンポーネントを投入し、ピットレーンからのレーススタートを強いられることが決まっていたからだ。
ダウンフォースを削り、最高速を稼いで、後方集団を抜いていく。パワーが乏しくストレートが遅いレッドブルのマシンで戦うためには、それしか方法がなかったのだ。逆に言えば、ベッテルはレースをまったくあきらめていなかったと言える。
「クルマがスライドして苦しんでいる。すごくグリップが低いんだ。遅すぎるよ。今週ずっと1分44~45秒台で走れていたのに、今は46秒台で走るのにも苦労している」
ベッテルは1周目のセーフティカー導入に乗じてソフトタイヤに履き替え、翌周、再びミディアムに換えて残り周回数を実質的な1ストップで走り切る戦略に出た。ソフトは摩耗が厳しいが、ミディアムなら2セットで走り切ることができそうだったからだ。
事実、マクラーレンやフォースインディアは同じ戦略に打って出たようだった。
「1周目のピットストップは、ソフトタイヤを捨てるための予定通りのストップだよ。その後は残りを半分に分けて、ミディアムタイヤ2セットで走り切るつもりだったんだ。でも、それは上手くいかなかった。(実質的な)第1スティントは完全にジョークみたいなペースだったよ」
どうしてレース前半のペースが芳しくなかったのか。フリー走行から薄いリヤウイングで走り込んでいたのだから、ウイングのせいではない。涼しかった金曜に比べ、決勝日のコンディションがやや厳しくなったせいだったのか。それはベッテル自身にもわからなかった。
「フロントウイングを4ターン下げた?」
ベッテルが思わずそう尋ねるほど、クルマは回頭性が乏しい状態だった。
タイヤを労り、耐えるだけのレースはしたくない。最後尾から追い上げたオースティンのベッテルはアグレッシブだった。
「前のマグヌッセンは同じ戦略で、君より1周あとにピットインしただけだ」
レースエンジニアのロッキー(ギヨーム・ロケリン)から指示を受け、ベッテルはケビン・マグヌッセンを42周目のバックストレートエンドで抜き去り、7番手まで浮上してきた。
しかし、レース終盤を迎えて、ベッテルのタイヤは限界が見え始めていた。
マクラーレン勢と同じように最後までタイヤを保たせる守りのレースをするか、それともフレッシュなソフトタイヤに履き替えて、もう一度攻めのレースをするか。
「リヤの摩耗とバイブレーションが、かなり酷くなってきた」
そう訴えたベッテルに対して48周目、エンジニアのロッキーがピットインを指示する。ソフトタイヤに換えてコースに戻ると、ベッテルは14番手まで後退していた。レースは残り8周、ここから新品タイヤを履いたベッテルの猛アタックが始まった。
ロメイン・グロージャン、ジェンソン・バトン、パストール・マルドナド、ジャン-エリック・ベルニュを次々とかわし、最終ラップでマグヌッセンにまで追いついて、あっさりと抜き去った。
「僕とマグヌッセンは同じ(実質1ストップの)戦略を採っていて、レースの最後にタイヤに苦しむことになるだろうと思っていた。だからリスクを負ってピットインして、フレッシュなソフトタイヤを履くことに決めたんだ。結果的にピットインする前の順位でフィニッシュしたんだから成功と言えるだろう」
最後尾からスタートして7位フィニッシュ。傷口は最小限に抑えた。
「薄いリヤウイングはオーバーテイクの助けにはなったよ。でも、前走車にくっついて走るのは厳しかった。ラップタイムだけを見れば正解でなかったように思えるかもしれない。この結果にも決して満足はしてない。でも、僕らには失うものは何もなかった。ここから学ぶことが大切だよ」
長年ともに戦ってきたレッドブルでのレースは残り2戦のみ。ベッテルは、このアメリカGPで得たフレッシュなパワーユニットの利を最大限に活かして、最後に王者の意地を見せたいと狙っている。
(米家峰起)