2014年11月04日 19:21 弁護士ドットコム
「一人当たり100円を支払え」。原発事故を招いた責任があるとして原発メーカーの日立と東芝、ゼネラル・エレクトリックを訴えた裁判で、原告が訴状に書いた請求の内容だ。つまり、この裁判に勝ったとしても、原発メーカーから支払われるのは、原告一人あたり100円にすぎないということだ。
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「原発メーカー訴訟の会」原告団は、2014年1月30日(第一次訴訟)と3月10日(第二次訴訟)、東京地裁に提訴した。4200名以上(海外から2700名以上)に及ぶ原告の委任状と原告リストの照合に時間がかかっており、法廷で弁論が開かれるのは、年明けになる見込みだという。
これまで「原発を使ってきた」東電に対する訴訟は無数に提起されているが、「原子炉等を作った」原発メーカーに対する訴訟は、これが初めてという。
原告団の弁護団長をつとめるのは、パンクロックをこよなく愛し、自らもロックバンドのボーカル兼ギタリスト「島キクジロウ」として活動する島昭宏弁護士。革ジャン姿で法廷に立ったこともあるという「ロックン・ローヤー」島弁護士に、なぜこんな「100円訴訟」を起こしたのか、率直に語ってもらった。
――原発メーカーに対する訴訟はいつから考えていたのですか?
2012年の夏に、環境保護活動をしているNGOから「(原発事故について)原発メーカーの責任を追及できないのか」と相談を受けた。おれは弁護士として「原賠法という法律があって、そこで、原発メーカーは免責されることになってるからできない」と答えた。そしたら「それっておかしくないですか、ほんとにできないんですか」って返されたんで、「その法律が人権を侵害し違憲だという争い方はできる」って答えたら、「ぜひ、やりたい!」って話になっちゃってさ。
それで、ある原発訴訟の弁護団会議に飛び入りしたりして、原発に詳しい弁護士たちに相談に行ったけど、やはり「無理だよそんなの、1回で終わるよ」って言われた。ほかにも環境関係の弁護団をやってる弁護士に片っ端から声かけたけど、ほとんど誰もやる気なくてさ。
こうなったら、環境問題に興味ない弁護士たちを引っ張るしかないと思って、「一回くらい弁護団やった方がいいよ。楽しいし、勉強になるし」とか適当なことを言っているうちに、だんだん人も増えていったんだ。そうした中で勉強するうちに、この問題の重要な部分も見えてきたし、アイデアもたまってきて、「もうやるしかない」って気持ちになったんだ。
――そもそも、なぜ原発メーカーの責任が免除されているのですか?
原発事故が起こった場合、責任を負うのは、東電などの原子力事業者だけで、メーカーやその他の関与者が一切責任を負わないようになっている。これを「責任集中制度」っていって、世界中を覆う原子力損害賠償の原則なんだ。
――法律で責任が「免除」されている相手を訴える裁判なんて、そもそも起こせるんですか?
それが問題なんだ。裁判所で門前払いみたいに、1回で終わりにされちゃうおそれがある。しかも、そこには事実認定の話がないから、裁判を長引かせるっていうのが、なかなか難しい。
――裁判を長引かせることに意味があるのでしょうか?
ほとんどの日本中の人たちは、福島第一原発の1号機から4号機をだれが作ったのかさえ知らない。「そんな理不尽な法律あるの」「そんなことになってるのか」ということを知らせたい。
多くの人が知るためには、やっぱりある程度は期間が必要だし、裁判自体を盛り上げていかないといけない。
そのためにはどうしたらいいかって、いろいろと考えていくうちに、「世界中の人が原告になれるような裁判にしよう」と思った。請求は「一人100円」でいいじゃんと。これまでにないような裁判にしようと思った。
――そもそも、なぜ「原発メーカー」を訴える必要があるのでしょうか?
原発事故が発生すると、当然事故による被害者が出る。電力会社はそもそも保険に入らないと原発を動かせないから、実際には保険会社から賠償金がでる。今回の事故だと、約1200億円が保険から支払われる。ところが、実際の賠償には、この100倍以上の金が必要だと言われている。
当然「足りません」という話になる。ただ、法律に「電力会社に金がないときは、国が援助できる」と書いてある。つまり、被害者は、電力会社に金が足りなければ、国からとれる。
ところが、この金っていうのは、国民が払った電気料金と税金だ。
たとえば、東電に対する裁判で、被害者への月50万円の賠償を10年かけて勝ち取ったとしても、その金は、国民から、国と電力会社を通して、被害者にまわるだけ。原発メーカーは全く関与していない。
だから、いくら電力会社を相手に大騒ぎしても、たくさんの賠償金を勝ち取っても、原発メーカーは非難の対象とされることもなく、国内での新設が難しければ、海外への輸出によって更なる利益拡大に専念することができる。自分が造った原子炉の欠陥が事故の原因だったとしても、だ。
だから、原発メーカーに切り込んでいくことによって、はじめて原発体制は、「痛みを感じる」と考えている。
――原告は、総勢何名になったのですか?
全部で約4200人、そのうち2700人以上は外国人。韓国とか、台湾とか、いろいろまわって説明会を開きながら、原告を募った。「名前が読めないとか、住所に国名しか書いてない」とか、形式的にどうしても無理な人が原告から外れるから、原告の数は最終的には減ると思う。
――(162ページに及ぶ訴状を見て)こんなに分厚い訴状は初めて見ました。
訴状には、漫画「はだしのゲン」の絵や、図をふんだんに使った。とにかく誰が読んでもわかりやすい訴状にしたかったんだ。
他にも、原告を5つのグループに分けた。1つ目が「福島の人たち」。2つ目は「東北や関東の原発事故によって日常的にも不安を感じたり、影響を感じながら生活している人たち」のグループ。
3つ目が「それ以外の日本人」グループ、4つ目が「原発設置国の外国人」、そして、5つ目が「原発とは関係ない外国人」というグループ。
こうすることによってグループごとの被害の態様を書きやすくなるし、グループ1やグループ2があることで、原告適格の問題で争っても、訴訟そのものを却下することはできず、意味がないってことを明確にする狙いがあるんだ。
――免責されるはずの相手に裁判をして、勝ち目はあるのでしょうか?
PL法(製造物責任法)における「欠陥」や民法の「過失」。この二つに関しては、たしかに「免責」だから、請求しても免責の壁でたどり着けない。
だから、「免責している法律が憲法違反」という話をしなきゃいけない。
――どんな点が憲法違反だと考えているのですか?
「モノを作るすべての人たちが製造物責任を負うのに、世界で一番危険なモノ(原発)を作っている会社だけが責任を負わないのは、平等じゃない」ってことで、憲法14条違反になる。
あとは、財産権(29条)や裁判を受ける権利(32条)の侵害。でも、これらの主張は特に面白味はないし、この裁判の本質も表現できないと思う。
13条(幸福追求権)と25条(生存権)から導かれる「ノー・ニュークス(No Nukes)権(原子力の恐怖から免れて生きる権利)」っていう新しい人権。この人権を裁判所に認めさせたい。ものすごくいろんな影響力があるんじゃないかなと考えている。これが、今後の裁判で勝ち取りたい、一番大きな点の一つ。
――「新しい人権」なんて簡単に認められるのでしょうか?
最初はみんな、そう考えていた。だから「1回で終わる」って言われてたんだ。「法律論なんか、がんばったって、たかが知れてる」って。
憲法29条の財産権侵害って言っても、「国が援助すれば、財産権侵害じゃないだろ」って話になる。
14条の平等原則違反っていっても、「いや合理的な区別でしょ」って言われちゃう。
32条の「裁判を受ける権利」なんて、「提訴できるんだからいいだろ」と言われたら終わり。どの構成でも、全部1回で終わっちゃう。
でも、「ノー・ニュークス権」はいけるんじゃないかって考えてる。だって、広島、長崎の原爆投下から始まって、原発に関する国内外での様々な事故を経て、今回の福島を迎えた。
しかも、原発がなくたってエネルギー供給の問題は生じないってことが明らかになった以上、もう原子力の恐怖にさらされて生きなきゃいけない理由なんて、どこにもないよね。今や新しい人権としてのノー・ニュークス権を裁判所が認める状況は整っているはずなんだよ。
たとえ勝てなくたって、証人尋問をやったり、いろんなイベントをすれば十分盛り上がる。その過程で、メーカーに対する批判がどんどん高まっていけば、大きな成果になる。そこで、ノー・ニュークス権が認められれば、あらゆる場面で影響が出てくる。何しろ、国に対して、原子力恐怖にさらされないで生きられるような政策を求める請求権としての性格もある権利だからさ。
これが、1年半かけてたどり着いた考えだよ。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
島 昭宏(しま・あきひろ)弁護士
1962年名古屋市生まれ。1981年早稲田大学入学と同時にバンド活動を開始、多数のCDをリリースしてきたthe JUMPSは、2015年7月17日、新宿ロフトにて30周年を迎える。また、時代の転換期に直接対峙すべく、2010年末弁護士登録、2012年にアーライツ法律事務所を開設した。
事務所名:アーライツ法律事務所
事務所URL:http://r-rights.jp/