第2スティントの不可解なペースを、ニコ・ロズベルグは「リズムをつかむまでに時間がかかりすぎた」と説明した。ピットストップ前には2秒あったルイス・ハミルトンとの間隔は数ラップで1秒以内に。DRS圏内まで迫って来たハミルトンは長く後ろを走ることなく、24周目のバックストレートで難なくチームメイトの前に出た。ロズベルグが本来のペースを取り戻したのは、2位にポジションを落としてから数ラップ走った後のことだった。
ミディアムの走り始めには、ニコはアンダーステアに悩まされていたとチームは説明する。高速コーナーが連続するセクター1のレイアウトはリズムが本当に大切で「最悪だった」というドライバーの気持ちもよくわかる。同時に、タイトルを大きく左右する一戦でプレッシャーがかからないわけはなく、マシンのバランスと、精神面も影響した結果のペースだったのだと思う。「リズム」という言葉で表現したロズベルグは正直だ。
フリー走行では終始ハミルトンに先行されてきたロズベルグが、自らのドライビングに快適にマッチするセットアップを見出したのは予選。事実上はQ1からQ3まですべてのアタックでチームメイトを抑えた。ハミルトンがブレーキロックの問題を抱えていたとはいえ、オースティンで奇数グリッドの先頭を手に入れた達成感は大きい。同じマシン同士ではオーバーテイクの難しいコースなのだ。
対するハミルトンは2位という不利なグリッドにつくものの「ブレーキの問題さえ解決できれば」とさばさばしていた。レースはQ2のアタックでフラットスポットを作ったソフトでスタートすることになるが「大きなフラットスポットではないから、ロックを繰り返すようなことさえなければ大丈夫」と、悲観的な気配はなかった。
ゴールの後、ハミルトンは2位グリッドからレースに臨んだ気持ちを説明した。
「様々なシナリオにおいてどんなチャンスが訪れるか、それに対して自分がどうアプローチするのか……本当に理解するため、レースの前にはたくさんのことができる。これまでも何度か経験してきたことだし、僕にはそれを把握しているという自信があったから、あとは“勝てる"という信念で挑むだけだった」
元来オーバーテイクの得意なドライバーは、トラブルによって後方から追い上げるレースをするたび、さらに“引き出し"を増やしてきた。獲物を狙う心境は、ポールポジションからスタートするよりむしろ楽しいものであったかもしれない。ターゲットは1台だけだから急ぐ必要もなかった――第1スティントの間隔は1秒。第2スティント序盤の間隔は2.5秒。チャンスを見極めるまでは意図的に間隔を置き“抜けないスパイラル"を避けながら攻めたハミルトンには余裕があった。鍵は第1~第2セクター前半でロズベルグのマシンにできるだけ近づき、DRSの権利を手に入れること。それさえ手に入れば、あとは一気に抜き去ること。
「接近して走るのは簡単じゃないし(オーバーテイクの直前にも)少し間隔が開きすぎていたかもしれない。でもターン12へのストレートでは強い向かい風が吹いていたからすごく自信があった。十分に近づいたらインに飛び込もうと、タイミングだけを待っている気持ちだった」
向かい風を切り裂くように進むロズベルグと、スリップストリームに牽引されたハミルトン。大き目のリヤウイングをつけたメルセデスではDRSの効果も大きく、2台の速度差は18km/h――ハミルトンは「ニコはディフェンドしていなかったし、ほとんど気づかれないタイミングで飛び込めた」と言う。ロズベルグは「気づいていたし、半分はディフェンドしている位置を走っていたから、ルイスがあそこで飛び込むとは思わなかった」と振り返る。少し中途半端なディフェンスラインだった。相手が完全な防御に入る一瞬手前で攻め抜くのはハミルトンの得意技。そうとわかっていたニコにとっても、早いタイミングでの攻撃だったのだ。ハミルトンにしてみれば、先んずれば人を制す――完璧な勝利だった。
オースティンに到着する前から「表彰台」を目標に掲げたのはダニエル・リカルド。フリー走行から予選の流れはウイリアムズの速さを示していたが、それでも表彰台を「現実的なターゲット」としたリカルドは強かった。初開催の2012年から、オーバーテイクを“創造"できるポイントをいくつも備えたオースティンは世界一お気に入りのサーキット。12年の結果は12位でも「オースティンがもっとも多くを発見できたサーキット。結果は地味でも、レース内容はシーズンベストだった」と、とりわけ入り口のコース幅が広い1コーナーの設計を絶賛した。
5位グリッドから、スタートでは7位までポジションを落としたものの、1周目のバックストレートでケビン・マグヌッセンを抜いてひとつ挽回。セーフティカー明けの再スタートではホームストレートからフェルナンド・アロンソと接戦を展開しつつ、ターン1出口ではいったん不利なポジションに身を置きながら、フェラーリのアウトに並んでターン3で前に出た――メルセデスの2台には及ばなくとも、ウイリアムズは必ず捕えることができる。その目的意識が明確に出たシーンだった。
リカルドとレッドブルが綿密に“打倒ウイリアムズ作戦"を組み立ててきたことは想像に難くない。彼のオーバーテイク能力を考慮すれば、マシン性能的に可能なことはレースの流れにかかわりなく可能だった。その確認ができたのは、金曜午後のフリー走行。ミディアムを履けばロングランのペースはレッドブルが圧倒的に優れていた。コーナーの勝負に焦点を絞れば要となったのはミディアムを履いた際のウォームアップ能力で、それは土曜朝のFP3、2周連続のベストラップを記録した様子にも表れた――1周目のセクター3から2周目のセクター1へと区間ファステストをつなげる“テスト"を、彼はきちんとこなしていた。
1回目のピットではバルテリ・ボッタス、2回目のピットではフェリペ・マッサを相手に“アンダーカット"に成功した秘訣は、ここにある。アンダーカットと言っても順調にピット作業を終えたボッタスはピット出口ではリカルドより前の位置にいた。しかしアウトから1コーナーにアプローチできれば、ピットロードからやって来るウイリアムズの道を阻むことは難しくなかった――その絵が明確に描けていたから、先手を打ってピットインする決断ができたのだ。マッサの場合はピット作業に手間取ったものの・・・ウイリアムズに1秒のロスがなかったとしても、レッドブルには勝算があった。相手がソフトであってもミディアムであっても、最終コーナーから攻めていけばピットアウトしたばかりのウイリアムズを捕える作業に問題はなかった……ここ
オースティンの最後の楽しみは、マリオ・アンドレッティがMCを務める表彰台インタビュー。カメラなど気にせず、3人のドライバーひとりひとりの目を見て質問する偉大なチャンピオンからは、アメリカという大国の“レース愛"が溢れ出る。
「きみのオーバーテイクは、本当に模範的だね」と、大先輩が25歳のリカルドに言う。
「若いのにたいしたもんだ。心から楽しませてもらったよ」
またひとつ、リカルドがスキルを身に着けた。パドックでは難題ばかりが話題になっても、オースティンのコースは爽快。空はあくまで青く澄み渡っている。
(今宮雅子)