10月28日、衆議院本会議で労働者派遣法の改正案が審議入りした。これに先立ち22日には、国会内で連合が主催した「労働者派遣法の改悪阻止を求める緊急院内集会」が開催。連合の神津事務局長は、改正案を「天下の悪法案」と断じた。
出席した民主党議員らも、「働く人たちと若者の未来のためにも成立を断固阻止していく」と訴えた。マスコミ報道にも否定的な論調が多い中、人材サービス業を営むヒューコムエンジニアリング(山梨・南アルプス市)の出井智将代表は、ブログなどを通じ「改正案は積極的な評価ができる内容」と主張してきた。その内容と背景を聞く。
「3年首切り法」と「生涯ハケン」は矛盾した批判だ
――今回の派遣法改正案について、人材ビジネス事業者としてどう評価されますか
出井 派遣で働く人たちの権利を守り、きちんとした経営をしていない事業者を排除するしくみをつくる上で、評価できる内容になっています。
正社員の権利保護を掲げる連合や、その支持を受けた民主党からは「天下の悪法案」などという声もあがっていますが、非正規労働者の組合からは好評価の声も聞いています。実際に派遣労働者を組織する労働組合と正社員労働組合の見解では、どちらがより派遣労働者の声に近いのでしょうか。
――確かに野党からは、かなり激しい反対の声があがっています
出井 改正案がこれまで期間制限のなかった特定26業務に3年という期間を設けることから「3年首切り法」、派遣元での無期雇用を条件に派遣期間の制限をなくすことから「生涯ハケン」「派遣の期限を延長するな」という批判もあります。しかし、この2つの批判は矛盾しています。派遣スタッフの雇用を改善することに、なぜ彼らは反対するのか。
これまで派遣は「臨時的・一時的な労働力の需給調整に関する対策」とされており、「常用代替の防止」、つまり正社員などとの置き換えにならない制度設計が強調されてきました。この建前は正社員を保護する効果にはなりますが、派遣で働く人が身動きできなくなる弊害もありました。今回の改正案では、ここに出口を切り開いて、不本意な派遣就労から脱出したい労働者のオプションを広げる改革になっていると思います。
――なぜ連合は改正案に強硬に反対しているのですか
出井 「正社員への希望消える」などと主張する労働組合の多くは、派遣という働き方をなくし、「すべての労働者を正社員にしよう」と目指しているのかもしれません。確かにその方が大多数を占める正社員組合員の既得権益にかないますが、雇用者全体にとって現実的な理想像になりえないのではありませんか。
改正案では、同じ事業所で3年を超えて派遣労働者を受け入れようとする場合、「過半数労働者代表からの意見聴取」を義務づけていますが、そのとき労組が派遣の正社員化を意見できるかどうかで、彼らのホンネが判断されるでしょう。
正社員オンリーではない「多様な働き方」許容すべき
――現実の雇用の問題を丁寧に解決しようとすれば、「すべての人が正社員として働くべき」と単純にはいかないと
出井 ええ。いま私たちは、モーレツ正社員でなければ保護規制の弱い非正規に行くしかないという二極化した選択肢ではなく、もう少し「多様な働き方」を許容すべきです。正社員オンリーではなく、現状の正規・非正規の間に階段やグラデーションを設けることで、雇用しやすくし、ドロップアウトした人も再挑戦でき、働きながらキャリアを磨くステップを作り、労働時間や責任の違う働き方を許容する考え方に切り替えるときだと思います。
――しかし巷には「非正規になったら負け」という考えもあります
出井 そもそも正社員以外の雇用者を「非正規」と呼ぶことに、差別的な意識を感じますね。確かに企業は、福利厚生などを通じて社会保障の一部を担っており、その恩恵を正社員が抱え込んでいるのが現状です。しかし今後は、非正規を「負け」にするのではなく、貢献度に応じて福利厚生を付与し、制度的なセーフティネットをきちんと設けることが必要です。
今回の改正案が成立すれば、派遣事業者はすべて許可制となり、労働・社会保険への加入もチェックされ、派遣スタッフのキャリアアップ支援も義務化されます。厚生労働省はここ最近、違法事業者や稼動実績のない事業者に対する指導を厳しく行っていますが、きちんとした経営を行っている事業者からは歓迎できる動きです。
――確かに自分から派遣という働き方を選ぶ人もいそうです
出井 正社員という「就社型」ではなく、仕事を軸とした「ジョブ型」の働き方を志向する人たちは、自分から派遣という働き方を選んでいます。景気の動向にも左右される部分もありますが、派遣で働く人の中には、正社員になりたくない人や、家庭や健康の事情で「無限定の就社」ができない人を含めて自分から派遣を選択する「本意型」が4割、できれば派遣以外で働きたいと望む「不本意型」が4割いるといわれます。
これを踏まえると、本意型の人たちが派遣として働きやすい環境を整えつつ、不本意型の人たちにキャリアに応じた多様な「イグジット(出口)」を用意することが、派遣法の課題です。今回の改正案は、これを踏まえた方向性に沿ったものになっています。
→(2/2頁)「不本意型」の派遣労働者に4つの出口ができる
「不本意型」の派遣労働者に4つの出口ができる
――不本意型に向けて、どのような「出口」ができるのですか
出井 今回の改正案によって、3年という期間制限は、業務ではなく人に対してかかることになりました。これによって派遣で働く人は、3年でじっくり経験を積めますし、キャリア転換のカウントダウンも計画的に行うことができます。
3年の期間制限が終わった後は、「(1)派遣先に直接雇用してもらう」ほか、「(2)派遣元が新たな派遣先を紹介する」「(3) 派遣元が無期雇用にして、雇用が安定した状態で派遣元あるいは派遣で期間制限なく働く」「(4) 紹介予定派遣に移行する」といった選択肢があります。さらに労働契約法で、有期雇用を5年繰り返した場合に無期雇用の申し込みが義務化されていますので、派遣元で雇用される道もあります。「改正法が派遣就労への固定化を進める」という批判は当たりません。
これまで翻訳など特定26業務で期間制限なく働いていた人の中には、期間制限ができることで雇用が不安定になると感じる人がいるかもしれませんが、その場合には(3)の派遣会社の無期雇用に移行する人が少なくないのではないでしょうか。
――ただ、「派遣切り」への不信は根強いものがあります
出井 リーマンショックの大不況で、派遣期間内でも派遣先に急に契約を切られてしまい、仕事を失う人がいたことは事実です。ただしこれは派遣先だけが悪いのではなく、派遣会社にも労働者を使い捨てのようにしてきたところも少なくなく、そういう会社がシェアを取ってきたということもあります。労働・社会保険にきちんと入っていない事業会社もありましたし、そういう点は大いに反省すべきだと思います。
一方で、法律に則って有給休暇を消化させたり、派遣先から契約を切られても休業補償をしたり、仕事がない一定期間は寮を用意して住めるようにしてきた会社もあります。改正案でも、派遣労働者の希望に応じたキャリアアップ推進に関する規定が設けられています。
また改正案では、常用雇用を前提に届出制で開業できる「特定派遣事業者」制度を廃止し、すべての事業者を許可制にします。特定事業者は違法派遣の隠れ蓑になっていたおそれもありますが、対応できなかった会社は廃業に追い込まれることでしょう。
「限定正社員」の議論にも注目
――話を戻すと、派遣法の改正だけでは雇用問題全体は解決できないということですね
出井 派遣という働き方は枝葉のひとつであって、雇用全体の中で派遣をどう扱っていくかということが問題になります。派遣は、雇用という大きな社会問題の一部です。その視点からは今回の改正案は、すべての問題を解決するわけではありませんが、ひとつの方向性として、「出口がふさがれている人たち」に抜け穴を作ろうとしていることは評価できます。
今回の改正案を「事業者のための規制の緩和」と呼ぶメディアもありますが、雇用責任も重くなっていますし、一方的な緩和ではなく見直しと見るべきです。マスコミの多くは派遣批判に凝り固まっていて、なかなか公平に捉えてくれないのですが(笑)。
――そんな中で派遣が果たす「新しい役割」のような構想はありますか
出井 例えば新卒で希望する仕事を得られず、そのままドロップアウトせざるを得ない現状を変えるために、人材ビジネスが就労支援に踏み込んで、未経験の大卒にジョブ型の派遣などで職務経験を積んでもらい、その後で「既卒3年以内」の新卒扱いの社員として勤務する流れも考えられます。そのようなクッションのような役割を果たしたい。
現在別途議論されている「限定正社員」も、多様な働き方の受け皿のひとつになるでしょう。地域・職種が無限定で業務以外の責任を負わされる「正社員」ではなく、勤務地やジョブが決まっている「限定正社員」が制度化されることで、ジョブ型の派遣から直接雇用への移行も、比較的進みやすくなる可能性があります。このような流れが同時並行的に起きていって、全体的な問題の解決につながっていけばいいと思います。
【プロフィール】出井智将(でい・ともまさ)氏 山梨県南アルプス市で製造業を対象とした派遣・請負・アウトソーシング業を営むヒューコムエンジニアリング株式会社代表取締役。一般社団法人 日本生産技能労務協会理事。著書に『派遣鳴動』(2010年刊)。
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