2008年から日本でも開催されているツーリングカーレースの最高峰、WTCC世界ツーリングカー選手権。このシリーズは世界59ヵ国にネットワークをもつヨーロッパのスポーツ専門テレビ局の子会社、ユーロスポーツ・イベントがプロモートしているが、この中でディレクター・オブ・オペレーションを務めるフランソワ・リベイロに話を聞く機会に恵まれたので、テーマごとにお届けしよう。最終回となる3回目は、2014年から導入されたTC1カテゴリーの導入と、その手応えについてだ。
●TC1レギュレーションはダウンフォース200%増
ツーリングカーレースの最高峰として、WTCCでは2014年からよりアグレッシブな外観を備えたTC1というテクニカルレギュレーションが導入された。今季はレギュレーション変更に合わせて参戦したシトロエンをはじめ、ホンダ、ラーダが新規定車両を導入。ワークスが撤退した後もシボレー・クルーズを使用していたRMLは、新たにTC1準拠のクルーズを製作し、プライベーターチームに活用されている。
そんなTC1規定について、当のWTCCとしてはどんな手応えを得ているのだろうか。リベイロに聞くと、「見ていてどうだ? TC1とTC2は大きな違いはあるか? 印象は? アグレッシブに感じる? レーシングスピリットを感じるか?」と矢継ぎ早に聞き返された。
こちらの印象を伝え、初めてWTCCを見るようなライト層にとってはTC1とTC2の違いがそれほど分からないのでは……と伝えると、「それは興味深い意見だ。ただ明日(このインタビューは予選日に収録)レースを見たら考えは変わるだろう」とリベイロは言う。
「今年は100kgウエイトが軽くなり、大きな違いとなっている。それにダウンフォースも200%増やした。また、ブレーキングの距離は40%短縮された。非常に大きな違いで、コーナリングスピードも20%増えた」
「また、興味深いことに土曜の段階でGT3カー(併催のスーパー耐久STX車両)に対してタイムがかなり接近している。あなたの質問についてだが、ここまでのレースはすごく満足している。テクニカルレギュレーションを変えるのは非常に難しいんだ。スポーティングレギュレーションならFIAがOKすればいいからね。ただ、テクニカルを変えるにはFIAはもちろん、チームもマニュファクチャラーも、我々プロモーターと同じテーブルについて、ひとつの結論を出さなければならない。それは難しいことなんだ」
●TC1レギュレーションは10年使う
リベイロは「テクニカルレギュレーションの変更についてふたつ例を出そう」と、WRC世界ラリー選手権の2017年に向けた規定変更と、スーパーGTとDTMドイツツーリングカー選手権の技術規則統合について例を出し、これらの別シリーズが規定決定に非常に長い期間を要しているとした上で「我々は統一意見を決めるまでに18ヶ月でテクニカルレギュレーションを決めた」とWTCCの規定変更のスピードを誇った。
「規定決定の5ヶ月後、18台のニューマシンをグリッドに並べることができ、チャンピオンシップを始めることができた。我々は極めて短い期間でマネージメントし、テクニカルレギュレーションを変更した。それぞれのマニュファクチャラーは、それに対応するクルマを作り、今季ここまでレースを消化した。これは本当に大きなことだよ。今のところ、マニュファクチャラーからは悪い意見も聞かれてこないしね」
2014年のTC1レギュレーションについて、成功裏に終わっていると自信をみせたリベイロ。彼にとって「ひとつ納得がいかない部分がある」というが、リベイロはこのTC1規定が「10年続く」と豪語した。
「来年に向けてはひとつ改良したい部分があるんだ」
「リヤウイングの翼端板の部分だ。これはちょっと大きすぎてカッコ悪い(笑)。来年はもっといい、シャープなデザインのものになるだろう。でも変えるのはここだけだ。私はこのレギュレーションを、今後10年使うつもりでいるからね。それほどこのレギュレーションは優れている」
●「WTCCは『リアル・レーシング』」
そんなTC1規定だが、鈴鹿では空力的に洗練されたためかフルコースとなったためか、追い抜きは減少した。ただ、リベイロは世界中でテレビ、サーキットで見るファンからの反応には満足しているという。そして、WTCCがもつ“DNA”は今後も決して変えることはないだろうと語った。
「マニュファクチャラーは大いに満足しているよ。それと観衆、テレビ視聴者からの反応もいい。クルマが印象的になったからね。そして、その中でWTCCがもっているDNAを失っていないんだ」とリベイロ。
「WTCCは『リアル・レーシング』だ。プロトタイプカーではない。スーパーGTでもDTMでもないんだよ。マニュファクチャラーのオリジナルのシャシーを使って、プロモーションに使うことができる。そしてWTCCは非常に接近したレースで、接触やオーバーテイク、ドッグファイトがある。これがWTCCのDNAなんだ。クルマをアグレッシブな印象にしたけど、レースの本質は変えない。他のシリーズにはクルマは非常に美しいけど、寝てしまうようなレースがあるからね(笑)」
「オーバーテイクを作りたくてもDRSやタイヤのコンパウンドを変えるか、プッシュ・トゥ・パスをつけるくらいだ。でも、WTCCはそんなことはしない。バーチャルのものではないんだ。オーバーテイクはすべてリアルなものだ。我々がプロモーターである限り、そのDNAは変えない。バーチャルな仕掛けを使うつもりはない」
リベイロはまた、TC1レギュレーションが導入されたことにより、若手ドライバーがよりWTCCに参戦しやすくなったと言う。実際、今季は鈴鹿でチャンピオンを決めたホセ-マリア・ロペスをはじめ、多くの若手ドライバーの活躍が目立ったシーズンと言えた。
「パワーが増したことで多くの若手ドライバーを迎えることができる。今までのTC2はアンダーパワーで重く、とても難しいカテゴリーだった。少しでもミスをしてしまったらパワーを失い、大きな差がついてしまう。今年の例で言えばロペスをはじめ、(ノルベルト)ミケリスのようにファクトリードライバーより速いドライバーも出ている。それにウーゴ・バレンテもそうだ」
「彼らのように若い才能あるドライバーがどんどん増えているんだ。今までのWTCCは、(イバン)ミューラーや(ガブリエレ)タルキーニ、(アンディ)プリオールといったベテランドライバーの楽園だった。でもこれからは、どんどんフォーミュラから転向してくるだろう。F3やGP2、GP3からも来るだろうし、もちろんスーパーフォーミュラからだって来て欲しい。プロドライバーとしてF1で活躍できないと思ったら、WTCCに転向するべきだ。今後は必ずそうなるだろう」
●2016年までに2社のヨーロッパメーカーが参戦?
さらにリベイロは、TC1レギュレーションの今後について、非常に興味深い発言をした。
「新しいレギュレーションが成功している例として、もうひとつ例を挙げよう」とリベイロは言う。
「それは、新しいマニュファクチャラーが興味を示しているということだ。我々が大きな間違いをせず、少しラッキーがあれば、少なくとも今後2年間の間にふたつのマニュファクチャラーが参戦する。ホンダやシトロエンとともに戦い、シリーズをさらに高いレベルに上げてくれるだろう」
ファンのみならず、非常に興味深いリベイロの発言。当然そこまで言われれば、それがどのメーカーなのか気になるところだ。何度かはぐらかされた後、「ヒントを!」と言うと、リベイロは仕方ない……といった笑みを浮かべてこう語った。
「ヨーロッパのメーカーだ。日本メーカーではない。ひとつのマニュファクチャラーは、WRCに関わっているメーカーと同じグループだ。それともうひとつのメーカーがTC1カーが作る時には、とても美しいクルマになるだろう。ベース車両はすでに美しいからね」