実はホテルには社員だけでなく、パートやアルバイトで働く人もたくさんいます。中にはホテル以外の本業を持っている人もいて、自営業の実家を手伝いながら社会経験として朝だけアルバイトをしている20代の男の子や、ホテルのフロントとスーパーのレジ打ちを日替わりでやっている主婦パートさんなど、色んな人が一緒に働いていました。
そんな中、1人印象に残っているパートさんがいます。ホテルのフロントとの兼業で、スナックで働いていた藍(あい)さんという方です。藍というのは彼女の源氏名でしたが、ホテルでも従業員から「藍ちゃん」「藍さん」などと呼ばれていました。(文:ユズモト)
「生活が苦しいから」と退職するのを止められず
藍さんは、私の3歳年上の20代後半。柔らかい雰囲気を持っていて、特に40代から50代のおじさま方からの受けがいい方でした。職場の皆からも、とても好かれていて、仕事帰りに藍さんの働くスナックに飲みに行っている上司もいました。
藍さんは、昼間はホテルで6時間フロントとして働いた後、夜はスナックで4時間ほど接客の仕事をしていたようです。なぜそんなハードワークをしていたのかというと、藍さんはシングルマザーで、幼稚園児のお子さんを女手一つで育てていたからです。
毎日のように2か所で働き、家では家事や育児をしている藍さんは、いつもニコニコしていましたが、時折つく溜息などから疲れているのが分かりました。
仕事ぶりは申し分なかったので、誰もプライベートに必要以上に踏み込むことはしませんでしたが、みんな陰では藍さんの身体を心配していました。
そんなある日の事。藍さんが、ホテルの仕事を辞めることになりました。
「夜の仕事一本でいくから」
と支配人に退職を申し出たのです。ホテルと兼業するよりも、スナックで夜通し働く方が体力的にも金銭的にも楽になると判断したのだとか。ホテルの時給はファストフードのアルバイトと同じくらいで、確かに高くはありません。生活が苦しいから、と言う藍さんを誰も止めることができませんでした。
「もうお昼の仕事はできない」と寂しげな笑顔
藍さんが辞めてから少しした時に、上司に誘われ、藍さんのいるスナックに飲みに行ったことがありました。「わあ! 来てくれて嬉しい」と、藍さんは私たちを笑顔で迎えてくれました。「お元気ですか?」と尋ねると、
「生活も少し楽になったし、元気。でも、この時給に慣れてしまったから、もうお昼の仕事はできない気がする。深みにはまらなければいいけど」
と、藍さんは少し寂しそうに笑っていました。
そのとき私は、余計なお世話かもしれませんが、自分と3歳しか歳が違わないのに子どもを一人で育てるために必死で働く藍さんが、このままキャバクラや風俗など夜の仕事の「深み」に入っていかないで欲しいと強く思いました。
夜の水商売で働くことは、別に悪いことではないのですが……。ホテルのフロントで私たちと一緒に働いていたころの彼女の姿を思い出し、藍さんが遠くに行ってしまったようで切ない気持ちになったのです。
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