2014年10月24日 19:31 弁護士ドットコム
本や雑誌をスキャナーで読み取って、電子データ化する「自炊」――。その作業を請け負う「自炊代行業者」に著作権を侵害されたとして、作家や漫画家たちが業者を訴えた裁判の控訴審判決が10月22日、知的財産高等裁判所であった。知財高裁は業者の著作権侵害を認め、業者に損害賠償とスキャン業務の差し止めを命じる判決をくだした。
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この訴訟の大きな争点の一つは、自炊代行が、著作権法で許容されている「私的複製」にあたるかどうかだった。この論点について、代行業者たちは、「依頼者の私的複製を補助しているだけ」と主張した。しかし、知財高裁は、「複製の主体」は業者だとして、私的複製にはあたらないとした一審判決を支持し、業者の控訴を棄却する判決をくだした。
一方、ネット利用者の立場から意見を発信している団体「一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)」は、この裁判について、「自炊代行業を認めるべきだ」という意見書を裁判所に提出していた。今回の判決についてどうみるだろうか。裁判を傍聴したMIAU事務局長の香月啓佑さんに話を聞いた。
――今回の裁判の感想を教えてください。
「一般の人に関心を持たれていなかったし、裁判の経過が記事になることも少なかった・・・そこはくやしいと思っています。
原理原則として、自分が買ったものを電子データ化することは、何も悪くない。しかし、権利者サイドとしては、自分が作った著作物で、勝手に商売されたら困ると、ある種の『縄張り』を守ったということでしょうね。今回の判決は、本好きを敵に回していると思います」
――この裁判に関心を持った理由は?
「MIAUとしては、『本を買った人の権利』の話として考えています。自炊代行業者がいないと読者が困るだろうと思ったのです。
たとえば、自分の家に1000冊の本を持っている人が、それを全部スマートフォンや電子書籍端末で読もうと考えたとき、ぜんぶ自分でスキャンして電子書籍にできますか? そういう話です」
――電子書籍で購入すればいいのでは?
「電子書籍は、これから出版される新しい本のためだけにあるわけではありません。すでに紙で購入した本も電子書籍として便利に楽しみたいですよね。なぜ、すでに持っている本を電子書籍で楽しむためだけに、本をまた買いなおさなくてはならないのでしょうか。読者は今持っている本を電子書籍端末やスマートフォンで読みたいだけなのです。
しかも、すべての書籍が電子書籍として売られているわけではありません。それに、電子書籍は、サービスが終了したらどうなるのかという問題があります。圧倒的に消費者側が弱いですね」
――いまは、紙から電子書籍への移行期といえるのでは?
「僕は自炊がずっと続いていくとは思いません。将来的には電子書籍に移っていくでしょう。
しかし現状はまだ、すべての本が電子書籍化されているわけでもないし、いまの電子書籍サービスは再ダウンロード制限など、利用者側にとって制約が多いものです。
そこで、自炊すればいいじゃないかという話になるのですが、1000冊ある人はどうやるんですかね・・・。もしその人の体が不自由だったり、IT機器に強くなかったりすれば、実質不可能でしょう。だから、僕は怒っています。本を読みたい人に対して、いつまでこんな仕打ちを続けるのか、日本は」
――まだ、最新の作品を読むためには、紙の本を買わざるを得ない状況もありますね。
「紙の本を買ったときに、何を買っているのかという問題もあります。『コンテンツが記された紙の束』を買ったのか、それとも『コンテンツ』を買ったのか。
僕はコンテンツを買ったと思っています。そのコンテンツを、自分が読みやすいような形にフォーマット変換することは悪いことなのか。僕は悪いことだと思わない。ただし、今の法律の建付けではそうはなっていない状況があります」
――今回は、代行業者に厳しい判決となりました。
「実際に、問題のある代行業者が存在したのは、たしかです。
たとえば、僕が買った本を自炊代行業者にわたすと、業者はそれをスキャンした後、処分するはずです。しかし、なかにはスキャン済みの本をネットオークションで売っている業者がありました。さすがにそれはまずいでしょう」
――代行業者はなくなるのでしょうか?
「今回の判決の影響で、代行業者が全部なくなるとは思いません。
原告の浅田次郎さんたちは裁判が始まる前、業者に対して質問状を送っていますが、実は、業界大手の中に、訴えられていないところがあります。
訴えられなかったのは、作者たちの質問状を受けて、『著作者の許諾をとっていないものは、自炊代行しません』とその業者が対応したからです。いまだに生き残っている業者があるのは、そんな背景があります」
――そもそも自炊そのものは問題ないのでしょうか?
「この訴訟について、よく勘違いされやすいのですが、たとえ浅田次郎さんの本であっても、自分で裁断し、スキャンするぶんには問題ありません。今回は、自炊を『代行』することが著作権を侵害するかどうかが争われました。『誰が自炊の主体なのか?』という問題ですね。
僕が自炊代行業者に対して、『この本をデジタルデータにしてください』というときに、その行為主体は誰か? 僕は、『主体=僕』だと思う。物理的に見ると、たしかに自炊業者がスキャンボタンを押している。しかし、それは僕が依頼したことで、業者の意思でスキャンをしたわけではない。
私的に複製するのは問題ないけれど、持ち主がやらないといけない。その原理を厳密にあてはめると、たとえば議員が秘書に『この新聞記事をスクラップしてコピー取っておいてくれる?』と指示した場合はどうなのか、という話になります」
――今回の判決についてどう考えますか?
「控訴人が上告をするかどうかはまだ不明ですが、もしこれで判決が確定するとすれば、今の著作権法は現状に即していないわけですから、日本でも米国型のフェアユース規定を導入するなど、自炊代行を合法化するような形での法改正が行われるべきです。
これまでも『誰がコピーをしたのか』ということが裁判で争われてきました。たとえば、カラオケの機械があるスナックで、そのカラオケの機械を使ってお客さんが歌った場合、著作権侵害を問われる可能性があるのは、そのお客さんではなくスナックのオーナーとみなす考え方があります。
この考え方は『カラオケ法理』と呼ばれていて、最近ではカラオケ以外のいろいろな場面でも応用されています。しかし、この考え方をどんな場面にでも応用するのは、そろそろやめるべきでしょう。
文化庁の審議会では、ドロップボックスのようなファイル保管のクラウドサービスについての議論が行われていますが、そこにもつながる話です。
たとえば、ドロップボックスに自分で買ったCDの音声データをアップロードすると、『ファイルをアップロードしたのは、ドロップボックス』ということになるのでしょうか。それだとおかしいですよね。実際、この点は審議会でも激しく議論されました。自炊代行裁判は、日本の将来のITサービスや家電の発展を考えるうえで、根深い問題につながっているんですよ」
(弁護士ドットコムニュース)