初開催となったF1ロシアGP、抜きにくいコースレイアウトと非常にスムースな路面が予想外のドラマを生んだ。決勝レース中の無線交信から、ニコ・ロズベルグとバルテリ・ボッタスの戦いをクローズアップする。
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「ロズベルグはプライムタイヤを1周目に履いて走り続けている。(抜かれたが)あとでデグラデーションが進むから、逆転のチャンスはある」
バルテリ・ボッタスのレースエンジニア、ジョナサン・エドルスは無線でそう伝えた。31周目、ニコ・ロズベルグにターン2でオーバーテイクされたが、1周目にタイヤ交換をしたロズベルグがそのままのタイヤで53周のレースを走り切れるとは到底思えなかった。
事実、ロズベルグ陣営は揺れ動いていた。
当初は「このタイヤで最後まで走り切るしかない」としていたロズベルグ担当レースエンジニアのトニー・ロスだったが、20周目を過ぎたあたりからロズベルグがタイヤのデグラデーションを訴えていた。
「ブレーキバランスを調整してリヤタイヤを労ってくれ」
そう指示したものの“実質ノンストップ”作戦を狙うリスクを冒すべきかどうか悩んでいた。そして、チームは27周目の時点で不可能だと確信していた。ピットストップしたルイス・ハミルトンのソフトタイヤを見て、スペックが異なるとはいえ、その摩耗度合いからすれば、ミディアムで52周の走行は難しそうだったからだ。
「あそこからピットストップせずに走り切れるなんて不可能だと思っていたよ。27周目にピットインしたルイスのオプションタイヤの摩耗を調べて、そう判断したんだ」
技術部門エグゼクティブディレクターのパディ・ロウはそう語る。
「タイヤは少し戻ってきているみたいだよ」
「タイヤは、まだすごく良い状態だ」
ロズベルグはそう言って、強硬にノンストップを主張した。しかし35周目、チームはピットインに傾いた。
「ニコ、プランBだ」
ここからロズベルグはピットストップに向けてファステストラップ連発の走りを見せる。
「残り19周。ロズベルグがプッシュしているから、もう一度ピットインするだろう」
ボッタス陣営もロズベルグの戦略変更を確信していた。
しかし、メルセデス陣営は再び翻意した。ロズベルグが力強い走りを見せ、2位を獲るためのギャンブルを強い意思で主張したからだ。40周目のことだ。
「このタイヤで最後まで走り切れると思うか?」
「イージーだよ。いや、簡単ではないけど、タイヤはまだ良い状態だからできると思う」
ダウンフォースがふんだんなメルセデスのマシンと、ハミルトンよりもタイヤに優しいロズベルグの走りが、それを可能にした。
ロズベルグが再度ピットインするものと思ってペースを緩めたボッタスは、メルセデスの翻意に気づいて2位を奪い取るためにプッシュを再開したものの、時すでに遅しだった。
ボッタスは26周目のピットストップで履いたプライムタイヤの温まりに時間がかかり、ロズベルグに先行を許したことを悔やむ。
「プライムタイヤに換えてから(ウォームアップして)機能させるのにものすごく時間がかかってしまって、ターン1でニコに抜かれてしまった。僕らはメルセデスに勝つつもりでレースに臨んだけど、今日の僕らは“その他の中のベスト”でしかなかった」
一方のロズベルグは、余裕の笑顔を見せた。
「1周目のロックは僕のミス。あれで、もうおしまいだと思った。でも2位まで挽回できてハッピーだよ。それができたのはクルマのおかげだ。レースが終わってもタイヤはまだ良い状態だったし、もう少しプッシュすることさえできたかもしれない。チームは最後にタイヤがタレるのを心配してペースをコントロールしろって言っていたけどね(笑)」
勝利を逃した悔しさもありながら、大仕事をやってのけた充足感もある。ロズベルグにとって初のロシアGP表彰台は、そんな複雑な美酒の味になった。
(米家峰起)