「若者の将来を考えず無責任」「ワーキングプアが増えるだけ」――。週休4日、月15万円の派遣・契約社員の仕事を若者に紹介する「ゆるい就職」への批判が高まっている。労働問題の専門家からも「使い捨てに過ぎない」といった声が出る。
一方で、企画のコンセプトを十分理解しないまま、叩いているものも見られるのが実情だ。そこでキャリコネニュースは、「ゆるい就職」のプロデューサーを務める慶應義塾大学特任教授の若新雄純氏にインタビューし、あらためて真意と目指すところを聞いた。
「安定を求める人は参加しないで」と説明している
――最近は新聞やテレビでも取り上げられ、反響も大きくなっていると思います。これまであった批判で、これは特に誤解されていると感じたものはありますか。
若新:いろいろありましたが、「参加者を騙しているんじゃないか」という意見には困りましたね。参加者にはきちんと正社員ではないイレギュラーな形で働くことのリスクを説明して、それでもいいと言っている人だけが来ています。ウェブサイトにも「安定を求める人は間違っても参加しないでください」と最初にめちゃくちゃ大きく書いてあります。「こうすると幸せになりますよ」なんて一言もいってないんですよね。
加えて、ものすごく実験的なものであるということを、繰り返し参加者に言っているんです。でも確かに、30や40になって家族がいる人が月収15万でいいのかというと、そうもいかない。なので「25歳くらいまで」と年齢制限を設けています。
――そもそも「ゆるい就職」とは何なのでしょうか。
若新:ひとことで言うと「モラトリアム期間の延長」です。海外では、大学を出た後もしばらく働かない「ギャップイヤー」というものがあります。ですが、日本は現状、社会と自分を統合していくために試行錯誤するモラトリアム期間が短すぎます。しかも、大学出たらすぐに週5で働くのが真っ当で、そこから外れるとダメな奴と思われてしまう。
何のために働くのか、その意義や意味が全く分からないうちに、1週間の全部を仕事に捧げるのは危険な気がします。明確な目標があったり、大学出てすぐ公務員や正社員になりたい人は、それでいい。でもそれに違和感を持つ人が増えているのも事実で、人とは違う選択肢があってもいいと思い、「ゆるい就職」を企画しました。
昔は「我慢して」働いていればよかった
――「ゆるい就職」で、若者は何を得ることができるのでしょうか?
若新:得られるものは、一人ひとり違います。これからの社会は、昔みたいにこういうキャリアを描ければ幸せ、という全員共通のロールモデルがありません。どういう人生を送れば幸せになるかは一人ひとりバラバラで多様です。
でも、自分の生き方は、机に向かって一人で考えていれば見つかるものではない。色んな仕事に携わったり、市民活動をしてみたり、外国に行ってみたりとかして、「あ、これが自分が目指したい人生の歩み方なんだ」というのを、様々な出会いや経験を通して見つけなければなりません。
――働くことの意味が、昔と変わってきたということなのでしょうか。
若新:昔は、我慢して働いていればよかったんだと思います。この前、50代の人と話したら「20代のころは仕事が楽しかった」って言うんですよ。確かに当時は働けば給料が上がって、新しいレジャー施設とか目新しいアイテムとかも次々と出てきてという時代だった。社会に合わせて、自分もどんどん成長している感覚があったんだと思います。
でも今の日本社会は、経済的には完全に成熟しきっています。貧しさをベースに「今日我慢して頑張れば、冷蔵庫や洗濯機を買えてハッピー」という時代じゃない。これからは給料も劇的には上がりませんし、年金支給開始年齢が上がればより長く働かないといけない。何のために働くのかが、昔ほど単純ではなくなっています。ただ我慢して働いているだけじゃ幸せになれません。
これからの人生で大事なのは、給料とか仕事内容とかでも「増やす」「大きくする」ではなく、「質を変える」「幅を広げる」ことだと思います。でも、残念ながらそれを明確に教えてくれる大人はいないから、自分たちで様々な経験を通じて模索しないといけない。そのために、モラトリアムの延長が必要なんです。
「ゆるい」は決して「楽に稼げる」という意味ではない
――ただ、週3日しか働かないのに月15万円分のパフォーマンスを出すのは、本当のところ簡単ではありませんよね。
若新:仕事内容は、決してゆるくはありませんよ。週3日、一日8時間で15万円ですから、時給換算すると結構高い。企業からは、それだけのパフォーマンスが求められることになります。
そもそも「ゆるい就職」は、決して楽に稼げるというものではありません。これまでは就職して週5日、会社のために働くか、就職しないでダラダラしたり、フリーターとして働くかという極端な選択肢しかなかった。その中間が「ゆるい就職」になります。
また、今回は週3日という時間の中で、従来の派遣に多い、誰でもできるようなマニュアル化された末端の仕事ではなく、正社員と同じような仕事を長期的に経験できるようにしました。正社員と同じだけのパフォーマンスを求められるので、むしろハードルは高い。場合によっては正社員以上の集中力を求められますが、その分、将来につながる経験も見いだせるのではないかと思っています。
――ポイントは、休日とのメリハリになるでしょうか。
若新:いや、それだけではないですよ。メリハリをつけて生産性を上げるという視点もありますけど、やはり休日に模索しながら、「人生はなんのためにあるのか」という意味や意義をそれぞれ見出そうとしていくことが一番大事です。
参加者を見ていると、休日に絵を描いたり、ネットで音楽を発表したりしたいという人が結構いました。今すぐお金になるわけじゃないけど、自分の趣味や好きなことを活かして将来的にスモールビジネスをやりたい、という人も多い。別に収入の全部をそれで賄う、というわけではなく、週3日働いて、残りの時間に自分の興味のあることでプラスアルファを稼げないか、という人には向いています。
毎日が「消化試合」だと社会が沈んでしまう
――参加者の方を見ていると、東大や早慶など高学歴が多いです。
若新:やはり高い教育を受けた賢い人の中には、自分の中の違和感としっかり向き合っている人が多いということなのだと思います。本当にこのままでいいのかと「疑う力」がある。参加者は全般的にみな、自分たちの置かれた立場や世の中に対して客観的です。その上で、自分なりの考え方を持って行動しています。
――既卒者の割合が半数以上ということは、どう見ていますか。
若新:既卒者の方が本気なのだと思います。説明会への応募自体は現役の学生の方が多かったのですが、実際の参加者は既卒者がかなり多い。そもそも、みんな「就職できなかった」わけじゃないんですよ。就職したし、残業代ももらっていた。正社員で既に月給30万円以上という人もいます。でも違和感がある、という人が来ている。流されて来ているわけではないんです。彼らが硬直した日本のワークスタイルの突破口になることを期待しています。
――最後にこれは強く言っておきたい、ということはありますか。
若新:そうですね、今は何でもグローバル化って言われているけど、グローバル化って何かって、別に英語を覚えることじゃない。多様なライフスタイルや文化、働き方があって、互いに違いを尊重しあうことが本当のグローバル化だと思います。日本の国内でも色んなスタイルを望む人がいて、これがオーソドックスで正しくて、それ以外は違うとやっていると、時代に取り残されて、まさにガラパゴス状態になってしまう。
僕らはもう貧しさだけをバネに頑張ることはできないのだから、多様な生き方を認めて、より多くの選択肢があった方がみんなの人生が豊かになるだろうし、社会自体も次のステップにいけると思う。毎日が消化試合で、「あーなんか元気出ねーなー」という働き方をみんながダラダラ続けていたら社会が沈んでしまう。
もちろん、その途中には色んな失敗や犠牲も出てくると思います。いつも参加者には言っているんです。「ゆるい就職」でうまくいく人もいれば、そうじゃない人もいる。やってみて、やっぱり正社員がいいという人も出てくるでしょう。でも、試行錯誤する前にいきなり正解が見つかるわけないじゃないですか。僕からは以上です。
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