台風18号の影響でウエットコンディションとなったF1日本GP決勝。雨が強くなったり、弱くなったり、このように変化する状況で強さを見せるドライバーと言えば、ジェンソン・バトンだ。あるトラブルさえなければ、表彰台を手中にしていたかもしれない。縁の深い日本、鈴鹿をバトンはいかに戦ったのか。レース中の無線交信に焦点を当てて探ってみよう。
「ジェンソンは鈴鹿を得意としているし、金曜午後にセットアップが決まってからは、さすがだなぁという走りを見せてくれましたね」
マクラーレンの今井弘エンジニアは感嘆したように言った。
雨の日本GPで、ジェンソン・バトンは次々に先手を打った。得意の鈴鹿とウエットコンディションで、まさに水を得た魚のように、開幕戦以来遠ざかっている表彰台に近づいていく(※開幕戦はダニエル・リカルド失格で繰り上がりとなったため、バトンは表彰台には登壇していない)。
最初は9周目、セーフティカーの後についてピットインし、いち早くインターミディエイトに履き替えた。
「セーフティカーが解除されたら、他のクルマもセーフティカーについてピットインしてインターミディエイトに交換する可能性がある」
この判断は正解だった。チームは「あと30分は雨は降らない」と読んでいたのだ。
「メルセデス勢と同等のタイムで走っているぞ。良いペースだ、良いムーブだった!」
ここで、ぐんぐんとペースを上げたバトンは7番手から3番手に浮上した。
しかし後方からはウエット寄りのセットアップを施したレッドブル勢が中団グループを次々とパスして迫ってくる。セバスチャン・ベッテルは29周目にピットイン、アンダーカットを仕掛ける。それでも、まだバトンとの間には8秒の差があった。
「ペースはとても良い。ベッテルと同等、メルセデス勢とも0.5秒差しかないよ」
ここでマクラーレンもベッテルを意識してピットインの準備をする。このまま行けばアンダーカットは阻止できるはずだった。
「ベッテルがピットインしたからカバーする。この周ピットインしてくれ」
「この周ピットイン、了解」
しかし、実はバトンのステアリングにトラブルの兆候が出ており、チームは安全を見越してステアリング交換を敢行することにした。
「ピットストップの際にステアリングを交換しなければならない。停止する前にニュートラルボタンを押して、自分でステアリングを取り外して右側に(いるクルーへ)渡してくれ。ローンチマップは使えない」
あっという間の交換作業ではあったが、静止時間は6.9秒にも及んでしまった。対するベッテルは2.5秒の驚異的ピットストップを実行し、コース上でもファステストラップを連発してアンダーカットを果たすために懸命にプッシュしている。
バトンがコースに戻ったときには、ベッテルに先行されてしまった。そしてダニエル・リカルドは、まだピットインをせず前に居座っている。
5番手に後退したバトンだったが、まだ表彰台をあきらめてはいなかった。
40周目に再び雨脚が強くなり始めたが、「これ(インターミディエイト)が正しいタイヤか?」というチームからの問い掛けに「イエス!」と即答している。しかし2周後には、またしても先手を打ってウエットタイヤへの交換を断行した。
「ケビン(・マグヌッセン)がウエットタイヤに換えたよ」
「OK、僕もウエットタイヤに換える!」
エイドリアン・スーティルとジュール・ビアンキの事故によってセーフティカーが入り、上位とのギャップは縮まった。ライバルたちがインターミディエイトを履くなかで、もしレースが再開されていればウエットタイヤのバトンはどんな走りを見せただろうか? やはり水を得た魚のごとく快走を見せ、表彰台、もしかしたらトップさえ奪い取っていたかもしれない。もちろん賭けが失敗していた可能性もあるが、いずれにしても鈴鹿で、バトンが表彰台に対して強い執念を見せたことは確かだ。
少なくともあのステアリング交換さえなければ、3位表彰台に立っていたのはベッテルではなく、バトンだったはずだ。
(米家峰起)