2014年10月05日 14:31 弁護士ドットコム
「仕事が全然終わらないので、今日もまた残業か」。こんな思いを抱きながら、働いている人も多いだろう。だが、「すき家」の労働問題で注目されたように、月の労働時間が500時間にも達するような事態になれば、体を壊してしまうかもしれない。また、タイムカードもなく、労働時間の管理があいまいな場合、残業代がきちんと支払われないこともある。度を超えた長時間労働や残業代の不払いが発生した場合、どう対処すればいいのだろうか。大阪で過労死や過労自死(自殺)の問題にとりくむ波多野進弁護士に聞いた。(取材・構成/杉田米行)
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――なぜ残業代の不払いや労災といった問題が起こるのか?
「労働者に働いてもらったら、企業が決められた賃金を支払う。そういう当たり前のことが守られていないのが、根本的な原因です。日本には『労働基準法』という素晴らしい法律があるのに、それが無視されていることが多いのです」
――中小企業や特定の業種に問題が集中しているのではないか?
「そんなことはありません。大企業でも公務員でも、また、業種も関係なく、どこでも起こり得る問題です」
――自身が扱った中で、印象に残っている事例はあるか?
「国立循環器病センター(大阪府吹田市)に勤めていた看護師が、くも膜下出血で亡くなった件ですね。厚生労働省が管轄している組織であるにもかかわらず、過労死が起きたのです。遺族が病院での過酷な労働に原因があると考え、国に公務災害補償を求めて提訴しました。
大阪地方裁判所とその控訴審である大阪高等裁判所は公務災害補償を認めました。厚生労働省はタイムカードなどによる労働時間管理を指導しているにもかかわらず、同センターではタイムカードによる労働時間管理がなく、膨大なサービス残業がありました。国は、超過勤務命令簿をもとに、『時間外労働時間は月平均16時間だった』と主張したのに対して、裁判所は、看護師が残したメールを詳細に検討した結果、『多い月では月平均64時間以上の超過勤務があった』と認定しました。
国立の組織ですら、このようなことが起きるのですから、民間企業でサービス残業や過労死が起きないほうが不思議といえるかもしれません」
――過労で病気になった場合、どうすればいいのか?
「いきなり労働基準監督署に労災を申請するのではなく、その前に、労災を多く担当している弁護士に相談するほうがよいでしょう。たとえば、過労自死の場合、家族が『働きすぎが原因で自死した』と考えて、準備もしないまま労働基準監督署に申請しても、労災認定されるとは限りません。適切な証拠がそろっていることが大事です。労災などを手がけている弁護士に相談して、適切な証拠を収集するなどの準備を行うことで認定されやすくなります」
――過労死や過労自死にまで至らなくても、長時間労働でなかなか家にも帰れず、体調不良になってしまうような段階の場合、どう対処すればいいのか?
「正義感に駆られて、会社が間違えているとして感情的に会社に要求を突きつけても、うまくいかないことが多いので、どのようなことをどの時期に行うのか、証拠はあるのかなど冷静に見極めてから行動を起こすべきで、自分ひとりですぐに起こさないことです。
まずは、労災を多く担当している弁護士に相談するのがよいでしょう。無計画に見通しもないまま、会社でむやみに行動してしまうと、会社から報復を受けたり、嫌がらせ・いじめにあうこともありますので、正しいことをするにも時期と手順をよく考える必要があると思います。
会社での人間関係や生活設計にもかかわるデリケートな問題です。ひとりで行動を起こすのではなく、同じ考えを持っていたり同じ行動をとる同僚がいるのかどうか、退職者に協力者がいるのかどうか、使用者は話し合いに応じてくれそうな人か、といった周囲の状況を的確に把握することが必要です
また、勤務時間の管理があやふやな会社であれば、日々の始業時刻と終業時刻を正確に手帳などに残したり、会社のパソコンのオン・オフのデータやファイル更新のデータ、メールの送信記録などのログデータを残すことも大切です。出勤時と退社時に会社の時計をスマートフォンや携帯電話のカメラで撮影して、継続的に記録を取り続けるのも、良い方法でしょう」
――逆に、経営者などの「雇う側」はどこに注意すべきだろうか?
「タイムカードなどを設置して、客観的に労働時間を管理するのが全ての出発点でしょう。残業代をきちんと支払うのは当然ですが、労働時間を管理することによって、労働者の健康状態に応じて適切な労働時間かどうかを見直し、過重な労働が認められるのであれば、業務量の調整を適宜行うべきでしょう。
労働者の健康状態は千差万別なので、健常者の方なら問題のない残業時間であっても、健康状態のよくない労働者ではそもそも残業をすべきでないこともあるので、それぞれの労働者の健康状態などに基づいた労働時間管理・業務量の調整が必要です」
――問題が起きてしまうと、使用者にとっても大きなデメリットが生じるのでは?
「そうですね。過重な業務によって労働者の方が過労死や過労自死に追い込まれたり、過労によって休職を余儀なくされることになれば、労働者やその遺族のみならず、会社にも大きな痛手になります。まず、このような状態に至るまで献身的に働く労働者は真面目で優秀であることが多く、会社にとって貴重な人材を失うことになります。
また、自分の会社で過労死や過労自死などが起こったとなれば、同じ会社の他の労働者にとっても大きな衝撃です。使用者が労働者や遺族の方に誠実に対応せず、自己弁護や責任逃れに終始するなどの酷い対応をしてしまうと、他の労働者の士気が大幅に低下してしまうでしょう。さらに社会的にも、取引先などとの関係でも、会社の評判が下がるでしょう。特に使用者の事後の対応が酷い場合には、回復しがたい信用の失墜ということにもなりかねません」
――問題が起きた場合の「備え」は可能なのか?
「最悪の場合を考えて、保険の手当をするということも考えられます。私たちが自動車を運転する際には、自賠責だけでなく、任意の自動車保険に入るのが普通です。それと同じく、もともと入らなくてはいけない労災保険だけでなく、万が一の際に備えて、上乗せ給付や損害賠償責任を補償する民間保険(労働災害総合保険等)に入っておくのも一案でしょう。
使用者は過労死や過労自死などが起こらないようにすべきことは言うまでもないですが、万が一そのような事態が起こったとしても、使用者としてきっちり労働者やその遺族に行うべき補償を行える体制を整えておくことは重要だと思います。経営基盤が決して盤石ではない中小企業の場合は、特に保険の必要性が高いと思います」
――労働問題を扱う弁護士として、どんな点にやりがいを感じているか?
「司法試験の受験を通じて、労災・労働問題に関心を持ち始めました。最悪の事態になると、過労死や過労自死になり、人の命にかかわります。そこまでいかなくても、労働問題の裁判の結果は労働者の生活を激変させ、労使とも非常に大きな影響を生じさせます。人の命や生活に直結する労働問題に、とてもやりがいを感じています。今後もライフワークとして、真摯に取り組んでいきたいと考えています」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
波多野 進(はたの・すすむ)弁護士
弁護士登録以来、10年以上の間、過労死・過労自殺(自死)・労災事故事件(労災・労災民事賠償)や解雇、残業代にまつわる労働事件に数多く取り組んでいる。
事務所名:同心法律事務所
事務所URL:http://doshin-law.com