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【日本GPプレビュー】鈴鹿で譲れない、ドライバーの誇り

2014年10月01日 11:40  AUTOSPORT web

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今年の鈴鹿は予選が面白い。ベッテルとリカルド、チームメイトバトルはどちらが前のグリッドを奪うのか?
F1はこういうコースを走るために生まれてきたんだ――セバスチャン・ベッテルの言葉は、鈴鹿を語った名言のひとつ。1962年に建設されたサーキットが50年の時を経てなお、21世紀の空力マシンとともに“生きている"奇跡は、おそらく科学的には説明できない。速く走れば走るほど、空力ダウンフォースによるグリップが向上し……といっても、必ず限界は訪れる。バランスが取れたマシンならS字はドライバーに最高のフィーリングをもたらすが、リヤが不安定なマシンでこの区間を抜けるのがどんなに大変かは、コースサイドで見守っているファンもよく知っている。

 少し前までのシルバーストンなら、分解して組み直すと鈴鹿と同じようなレイアウトが可能なくらいコーナーのバリエーションが似ていた。でも、伝統のシルバーストンも鈴鹿と並んで称されることはない。ドライバーたちが唯一、並べて挙げるのは「スパ」だ――鈴鹿を走って得る感覚は、自然の起伏に拠るところが大きい。コーナーの形状だけでなくバンクや高低差とレイアウトの順序が、優れたドライバーの体内に生まれつき備わった“リズム"を呼び覚まし、走れば走るほどそのリズムが高揚していくのだ。年々発達するエアロダイナミクスが、そのリズムを加速した。2年のブランクを経て09年にF1が戻ってきたとき、レッドブルを駆るセバスチャン・ベッテルはゴール後もその興奮を隠そうとせず、鈴鹿は「神の手でつくられた」コースとなった。

 本当は、鈴鹿で「永遠に走り続けたい」と思うほどの感覚を得るには、ラップタイムではなく自らの手足のように反応するマシンが必要で、ミスを許容しないコースは身体的にも精神的にも実はとても厳しい。それでもドライバーたちがこのコースを愛するのは、ドライバーとしての原点に回帰できるからだ。ひとつひとつが大きなチャレンジであるコーナーは「これがやりたくてレーシングドライバーになった」という気持ちを思い出させてくれる。だから鈴鹿の週末、彼らはみんな子供のように陽気だ。

「鈴鹿を“嫌い"って言えるドライバーはいないと思います。そんなことを言ったら、ドライバーとしての自分を否定することになるから」--これは、佐藤琢磨の名言。

 2014年の興味は、空力ダウンフォースが削減され重くなったマシンで、ドライバーが“どこまで楽しめるか"という点にある。間違いなく、S字をはじめとする多くのコーナーはこれまでより難しく、容易に喜びを与えてくれる区間ではなくなる。一方で楽しみなのは、130R--。

 2003年の改修後は本物の130RではなくなったもののV10時代にはチャレンジを要求し続けた。「130R、最悪だわ」とドライバーたちが言ったのは2006年、V8時代に入った年のこと。容易にアクセル全開で抜けられるコーナーはもはやドライバーにとって腕と度胸を競う場ではなくなった。2011年、フリー走行でDRSを開いたまま130Rに挑んだ小林可夢偉は高速でスピンするマシンを見事にコントロールして無傷でコースに戻ったが――レース以外でもDRS区間が限定されると、そんな挑戦も不可能になった。

 しかし今シーズンのF1では、130Rに挑戦が戻ってくる可能性がある。「最近はイージーフラットになったけど、ちょっと前までここを全開で抜けるのはタフだったはず」と言うのはルイス・ハミルトン。でも(シミュレーターで傾向がわかっていても)それ以上は言及していない。「ダウンフォースが削減された今年のマシンでは、全開は難しいはずだと信じている」と、エイドリアン・スーティルが言った――経験者スーティルの言葉は、自らのマシンのディスアドバンテージだけを指しているのではない。

 鈴鹿の53周を征服するには集中力プラスアルファ、貪欲さから生まれる何かに憑かれたような精神が必要。その意味で、メルセデスのふたりを見た場合には、ルイス・ハミルトンがコースを“味方"にする可能性は大きい。09年に初めて鈴鹿を走って以来、ここで表彰台に上がったのは09年の3位が一度だけで、彼の戦績から言うと得意なコースではない。コーナー入り口で速度を維持しながら突っ込んでいく生まれつきのスタイルが、鈴鹿では出口で見えないロスを生んでいるのだ。でも、今シーズンのマシンは別物。ハミルトンも……別人。

 ニコ・ロズベルグに関しても、F1ファンには「鈴鹿」の印象が薄いはず。これまでマシンに恵まれなかったせいもあるが、去年の予選でもハミルトンに敗北している。タイヤに厳しい高速コーナーと粗い舗装――レースペースを気にし過ぎて“体内リズム"を引き上げきれてない印象を与える。

 メルセデスのふたり以上に興味深いのはレッドブルのふたり。残り5戦の今シーズン、真っ向勝負でメルセデスに挑める最後のチャンスはおそらく鈴鹿で、ベッテルにも“ここだけはダニエルに譲れない"貪欲さがある。一方、HRTやトロロッソで苦労してきたリカルドにとっては、これまでで最高のマシンを手に鈴鹿に挑むチャンス――内側から限界を探り、予選の最後にぴったり限界線に到達する彼のスタイルはミスを許容しないクラシックコースでいっそう生きてくる(ここまで3勝も、カナダ、ハンガリー、ベルギーで飾って来た)。彼の頭脳とドライビングとマシンが呼応すれば、メルセデスを上回る可能性もあり、リカルド自身もずっと「鈴鹿」を勝負の場として挙げている。さらに、レッドブルにはベッテルが鈴鹿で蓄積したデータがある――彼の勝ち方を巧く今年のマシンに活かしてタイヤを完璧にマネージしているのがリカルドなのだ。

 メルセデスのふたり、レッドブルのふたり・・・チームメイト同士の争いから目が離せない鈴鹿。チームにとってはウィリアムズVSフェラーリ、フォースインディアVSマクラーレンの、譲れない戦いが展開される鈴鹿でもある。シンガポール以来、それぞれがハイダウンフォース仕様を投入して臨むシーズン終盤――凸凹の路面と90度ターンのシンガポールより、鈴鹿はマシン性能に純粋に反応する。鈴鹿で速いフェリペ・マッサを軸にすれば、バルテリ・ボッタスの巧さもいっそう明確に見えてくる。

 そして、忘れてならないのはフェルナンド・アロンソの存在。パワーユニットは遅れていても、空力はそんなに悪くないのが今年のフェラーリ。S字のファンには、フェラーリのリヤがふわふわする印象も小さくなるはず――勝利は現実的でなくとも、鈴鹿でアロンソが表彰台に上がれば、F1ファンのみんなが溜飲を下げる。
(今宮雅子)