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【F1シンガポールGPの焦点】ストリートで魅せた譲れぬ意地

2014年09月24日 10:20  AUTOSPORT web

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市街地を得意とするベルニュ。終盤、怒濤の追い上げでポイント圏内フィニッシュ
熱帯の夜の暑さと湿度。極度に不快な気象条件の下、2時間のレースを戦い終えたばかりだというのに、表彰台を待つ3人のドライバーに疲労困憊の様子はなかった――何かに寄りかかるわけでもなく、しっかりと立ち、汗を拭いながら普通に会話を交わしている。これがトップドライバーたちの素顔だ。

 ルイス・ハミルトンにとって、勝利の基盤は3日間トラブルなく“クリーン"な週末を過ごせたこと。シンガポールのようなコースでは、F1マシンを本当に完璧に仕上げることなど不可能で、予選後には誰もが“あそこでわずかにロスした"“もう少し稼げた"という思いを抱える。コントロールの難しい今年のマシンではとくに、小さなミスにこだわらず自信を持って挑むことが大切だった。ポールポジションを獲得したQ3最後のラップでも1コーナーでは前輪をロック――それでも「最初のアタックでは他でもっとロスしていたから、挽回できると思った」とハミルトン。1回目のアタックはターン17で縁石に乗り上げ、6位のタイムで終えていた。そこから0.6秒短縮した2回目のアタックは、ニコ・ロズベルグを上回ること1000分の7秒。1周のタイムが100秒を超えるコースで、3位ダニエル・リカルドも0.2秒以内に迫っていた。

 メルセデスとて、何をやっても勝てるシンガポールGPではなかった。セーフティカー(SC)の出動率が100%、オーバーテイクが困難なコースでは、運/不運に左右されないほど強い作戦も必須。それに、路面の凹凸からくる衝撃や暑さはメルセデスの味方とはならない。

 パルクフェルメルール下で何ひとつパーツ交換を必要としないほど、今回こそはメルセデスの信頼性も万全だと思われた。しかしレースが始まる直前のガレージではロズベルグのマシンに異常が発生。チームはステアリングの交換によって問題が解決することを祈ったが、フォーメーションラップの発進も叶わなかった――ステアリングコラムの中を通る配線系にトラブルが起こっていたのだ。結局、ピットからスタートしたロズベルグは一度もフルパフォーマンスで走ることなく、13周でリタイアした。

 ポールポジションから順調にスタートしたハミルトンは、第1スティントで2位以下に7秒近いリードを築いたうえで、2位セバスチャン・ベッテル、3位フェルナンド・アロンソ、4位ダニエル・リカルドのピットインを見届けてからタイヤ交換。摩耗の早いスーパーソフトでもライバルより性能低下を抑えることに成功していた。ただしトップスピードが伸びない仕様ではオーバーテイクが難しく、慎重な作戦が必要になる。

 セーフティカー(SC)がコースインしたのはハミルトンが2回目のタイヤ交換を終えた5周後、31周目のこと。誰にとっても幸運とは言えない、難しいタイミングだった。第3スティントまでをスーパーソフトでつないできたハミルトンやアロンソにとって選択肢は、残り1回のピットインを抱えてステイアウトするか、ソフトに交換してレース後半を1セットで走り切るか、というもの。メルセデスはステイアウトすることを選んだが、2スペックのタイヤの差がラップタイムで2秒以上もある――ソフトではフレッシュタイヤでも遅くなる――ことを考えると、SC明けには残り1回のピットストップに必要な27秒のマージンを築くことがもっとも確実な勝ち方になった。しかし攻めれば攻めるほどスーパーソフトの寿命は短くなり、リードを広げるための周回数が不足する。タイヤを守ることだけを優先すると周回数は延ばせても肝心のリードが築けない。そんなジレンマのなか、SC先導の7周を含めてスーパーソフトで26周を走行したハミルトンのペース配分は絶妙だった。最終的には27秒のマージンを築けないまま52周目にピットインしてベッテルに先行を許したものの、54周目にはDRSというよりターン5からの加速で一気にレッドブルに並んでターン7よりずっと手前で首位を取り戻した。この時点でハミルトンのソフトは2周目、ベッテルのソフトは29周目。それでもハミルトンの短い最終スティントは1分53秒3がベストで、スーパーソフトで記録したファステストより3秒近くも遅かった様子を見ると、第3スティントを52周目まで引き延ばした意味がよくわかる。

 SC時点ですでにソフトを履いていたレッドブル2台はレース距離の半分以上を同じタイヤで走行することを余儀なくされた。苦しい展開ではあったものの、SCと同時にソフトに交換したアロンソもレッドブルに対するタイヤの履歴差は十分ではなく、4位のままゴールすることになった――前のマシンに近づくとグリップのないソフトは滑りやすく、成す術がなかったのだ。

 そんな上位陣の戦況とは逆に、ソフトを作動させることに成功したのがジャン‐エリック・ベルニュ。SC時にはスーパーソフトのままステイアウト、44周目に3度目のピットに入って9位から14位までポジションを落とした後、ソフトタイヤを“スイッチオン"。5秒加算のペナルティ(ターン7で白線の外を走ったことによる)をものともせず攻め続け、58周目にはターン14でヒュルケンベルグを、59周目にはターン10でバルテリ・ボッタスとキミ・ライコネンをかわし、6位ゴールを飾った。7位のセルジオ・ペレスに対する差は6秒以上――ゴール後の5秒加算も結果には影響しなかった。ベルニュはソフトでベストタイムを記録した数少ないドライバーのひとりで、最終スティントに限ればベストタイムはハミルトンより1.4秒も速かったのだから、市街地コースのタイヤは魔物。低ミューの路面を得意とするドライバーはスライドしても臆せず攻め続けることによってタイヤ温度を維持し続けた。来年はもう、一緒に戦えない――だからこそシーズン終盤はチームに最高の成績を残したいと誓ったドライバーと、最高のかたちでJEVを送り出したいと願ったチームの団結力が実を結んだ。

 終ってみれば上位5台のポジションはSC明けの再スタート時のまま。6位のベルニュと同様に追い上げたのは……SCを招いた張本人のセルジオ・ペレスで、ノーズ交換によって17位までポジションを落とした後、4度目のタイヤ交換に踏み切った作戦が上手く機能した。結果、波瀾万丈のペレスは7位、コンサバティブに走ったニコ・ヒュルケンベルグは9位。ふたりで8ポイントを獲得したフォースインディアは選手権でもマクラーレンを抜いて5位。得意のシンガポールを今年もスマートに戦い抜いた――抜けない市街地コースでは“守り"が大切でも、“失うものはない"精神を備えてリスクを取れば攻撃が機能する。作戦勝負のこのコースで、フォースインディアはそんな経験値を毎年しっかり積み重ねているに違いない。
(今宮雅子)