大手エステチェーンを経営する高野友梨さんが「労働基準法にぴったり沿ったら絶対成り立たない。潰れるよ、うち。それで困らない?」と発言し、それを従業員がICレコーダーに録音して暴露したと報道されました。
これを受けて高野さんの会社は、「今後は労基法をきちんと守る」という見解を発表しました。これが守られるかは注目ですが、中小・零細企業のオーナー社長たちは正直なところ、心の中では高野さんに同情的なのではないでしょうか。(文:深大寺 翔)
「オジサンに搾取される若者」は規制緩和で救われない
労基法が事業の足かせになっている、と考えているのは大手企業も同じようで、法規制を緩和し、一定以上の年収を得ている社員に残業代を支払わない「ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)」という制度が議論されています。
なぜWEが必要なのか。国の資料では労使の利害調整が混乱していますが、単純に整理すると次のような背景から求められていると言っていいでしょう。
a.現状でも8割の企業は、労基法をきちんと守っていないという実態があるから
b.そもそも脱工業化社会のホワイトカラーの成果は、労働時間で測定できないから
この分析自体は私も正しいと思いますし、解決方法として「規制緩和」もありうると思います。しかし私は、あえてこの逆を行って「いまの労基法をそのままに、完全に遵守する方に労力を使う」方法も悪くないと思い始めています。具体的には、1日8時間を超えて働かせてはならない、という原則(法32条2項)を会社に守らせるのです。
まず、aの「規制を実態に近づけろ」という点ですが、WEによって違法状態はなくなりますが、若者の長時間労働の問題が解決するわけではありません。
たとえば東京の山手線に乗りますと、平日の午後6時だというのに車内は非常に混雑しています。その多くは大企業や関連会社の40代以上のサラリーマンです。
一方、若者たちはそんな「働かないオジサンに高給を払う」ために、裁量労働制やサービス残業で搾取されているわけです。そんな状況で規制緩和を導入されても、彼らが割を食うとしか思えません。
大企業が悩む「働くふりをするオジサン」問題
もちろん「若いうちに苦労しておけば、年をとったらラクになる」という指摘もあるでしょう。終身雇用が生きていた時代であれば、確かに「40過ぎたらふんぞり返れるから、今は頑張れ」という言い訳も立ちました。
しかし少子化と人口減少の中、そのような若者の期待が裏切られることは確実です。もう「若者を酷使して搾取することでオジサンを養う」モデルは年金同様、すでに破綻済です。我々の働き方は、この延長線上にはないモデルを探すしかありません。
また、前述bの「ホワイトカラーの生産性は時間では測れない」と大企業が言い出した背景には、実は「働くふりをするオジサン」問題があります。労働基準法を遵守せざるをえない大企業は、働かないのに残業代をもらうオジサンに困惑しているのです。キャリコネで大手SI企業の口コミを見ると、中高年社員に若手社員が憤っています。
「定時まではネットサーフィンとかしてボケーっとしているのに、終業時間になるとおもむろに仕事を始めて、残業代を丸々もらっている」
こんな輩を放置せざるをえないのは、労基法のせいだ。WEが導入されれば、こういった「成果と労働時間が釣りあわない人」の給料を下げることができる――。大企業の経営者は、こう考えているわけです。
しかしこの問題は本来、企業の業績評価制度の中で処理すべきものであり、法律を変えるまでもありません。おそらく労使ともに「働くふりをするオジサン」の問題に気づいているものの、立場上自分から言い出せないものだから、解決する追い風としてWEを使おうと考えているのではないでしょうかね。
「知的労働」は8時間の中で生産性をあげること
もし、ホンキで「脱工業化社会のホワイトカラーの成果は、時給で測定できない」と主張するのであれば、労働時間の規制を取り払うのではなく、労働時間の上限を8時間に設定し、これを何とかして守る方法をとるべきではないでしょうか。
1日8時間しか働けないのであれば、ダラダラ残業で高給を得る生産性の低い「働くふりをするオジサン」を排除することもできます。また、「裁量」の名の下に若者に際限のない長時間労働を強いる企業は、明確な違法企業として取り締まることができます。
中小零細でも、労基法をきちんと守っている会社はあります。守れない会社は往々にして儲からない仕事でも引き受け、社員に丸投げしてサービス残業で処理することに罪悪感を抱いていません。まずはトップが最初から「法律なんか守れるはずがない」と信じ込んでいるところから、変えるべきです。
そもそも人間の集中力には限界があります。規制の枠組みを厳守し、その範囲の中でできる仕事しかできないようにすることで、新たな知恵を生み出し、戦略や戦術を練ることで生産性をあげる――。それがホワイトカラーに限らず、新しい時代の労働のあり方かと思います。
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