「終身雇用」の時代には、会社が社員とその家族の人生を丸抱えする代わりに、社員は全精力を会社に捧げるという関係が成立していた。「副業禁止」という社内規定は、その象徴のひとつといえるだろう。
しかし低成長時代になり、会社も社員の人生に責任を負えなくなった。それに伴い、社員の会社に対する帰属意識も薄れたが、「勤務先以外で副業なんかするものではない」という価値観は、大きく変わったとはいえない。
そんな中、ウェブサービスを手がける「エンファクトリー」は、3年前から「専業禁止」を掲げて社員の副業を推進している。なぜそのような取り組みに至ったのか、創業者で代表取締役社長の加藤健太氏に、その考えを聞いた。
副業が軌道に乗って「独立」するケースも
――「専業禁止」にする意図は、どこにあるのでしょう。経営者としては、自社の仕事に「専業」させたいと思うものではないのですか
加藤 それは違います。私は会社というものは常に変革が必要だと思っているのですが、変革する人材は往々にして「会社を出てゆく人」なのです。会社の暗黙の掟や、型にはまらない人ですね。
しかし、そのような人材を育てようと思って研修をしても一過性の効果しかなく、なかなか成長しにくい。そこで社員に「副業」を奨励することで、自分で稼ぐ力をつけてもらい、「自分はどこでもやっていける」という自信をつけてもらおうと思っているのです。
そのことが、この会社を変革する力にもなり、社員のプロ意識やマネジメント能力を高めることにも効果があると考えています。
――すでに効果はあがっているのですか
加藤 ねらい通りです。当社には副業で、企業向け社内活性化ツールを開発・販売するエンジニアや、ペット向けのハンドメイドグッズのECサイトを運営する事業企画担当がいます。
そのような独立性の高い副業をすることで、お客さんを集めるところから、お金の処理をするところまで、全部に関わることになります。そうすると「お金を稼ぐことは難しい」ということが分かるし、ビジネスセンスも磨かれます。
――副業が軌道に乗り、退職した人もいるのではないですか
加藤 ええ、いますよ。しかし、外で他のことやっていると、いい意味で情報や人脈が広がりますよね。そこで得た新しい気付きを、自社の事業に取り入れたり、副業での情報や人脈を会社に紹介してくれたりと、会社の事業と社員の副業はしっかりと連関している部分があります。
また、当社には「エンファクトリー・フェロー」という制度があり、独立後も当社の名刺を持って活動することができます。それによって個人は「会社の信用」を維持したまま独立できるし、会社は独立するような優秀な人に仕事を継続して頼むことができる。これは「相利共生」になりますよね。
会社と従業員は「新しい関係」を築くべきだ
――こういう副業はいけない、というルールはありますか
加藤 それはないです。副業は自分で決めることで、会社が決めることじゃない。でも、こういう主旨ですから、労務提供の時給バイトなんて誰もやりません。1時間1000円の皿洗いなら、会社の仕事をしたほうがマシですから(笑)
唯一のルールは、「どんな副業をしているかを、必ず同僚や周囲にオープンにする」ということ。そのような態度を表明することで、周囲からも応援されるようになるんです。それは、本業も副業もしっかりやるよというコミットメント(宣言)にもなるし、副業にかこつけて本業をおろそかにすることはなくなります。
――副業は、全社員が絶対にやらなきゃいけないのでしょうか
加藤 そういうわけではありません。専業禁止はこういうポリシーだと理解したうえで、会社の仕事に100%集中したいという人もいます。大事なのは自分が「選択」すること。それによってカベにぶちあたったり、トビラが開いたり、というプロセスが大事だと考えています。
――それでもあえて原則「専業禁止」と掲げているのですね
加藤 なぜなら、会社と従業員は「新しい関係」を築かなければならないと思うからです。会社はずっと個人を守っていけるわけではないし、個人も会社にずっと甘えられるわけではなくなりました。
そういう時代では、個々人で仕事をし、個々の力で生きていくことが大事になります。幸い、インターネットの威力で、個人で色々とできるようになってきました。活躍の場を会社だけにとどめてほしくない、という思いもあります。
その中で、企業としてどう振る舞うか。それには個人を尊重して、それぞれがお互いに「誠実」であることが大事だと思っています。
多様な形で「食べていける」社会を目指して
――優秀な人ほど引き止めにくくなる、というリスクもありそうです
加藤 副業を禁止したって、優秀なヤツは勝手にやるし、独立しますよ。だったらお互いに利益がある形にしよう、というのが「専業禁止」のポリシーですね。
もちろん、いくつかの工夫はしており、前出の「副業をオープンにする」というのもそうだし、「フェロー制度」もそう。それ以外にも、当社の「ビジョン」や「ミッション」を共有して、求心力を高める機会も多く作っています。
――その発想の背景には、何かビジョンがあるのですか
加藤 もともとウチの会社は「ローカルプレナー」を支援したいという動機で始まっています。ローカルプレナーとは、アントレプレナー(起業家)よりも広い概念で、個人事業主や専門家のほか、企業に勤めながら副業などを通じて、自分の意志で生活や仕事を推進したいという人の総称として造った言葉です。
会社が成長していくためには、個人の力を高めていくことが大事になってきます。自立した少人数の個人が集まるプロ集団、というような会社も増えていき、人をコマのように労働力としてだけ使っている会社には限界が来ます。
本業だけでなく、パラレルに色々なことができる世の中になってきたし、そうした個人の活動に対する許容度も上がってきています。出勤前に読書会などを行う「朝活」なんかは、その流れのひとつですね。
――社員は、会社が支配すべきものではないということですね
加藤 個人がのびのびと働くためには、社員が誠実に仕事できる組織を作るべきです。企業は何を成し遂げようとしているのか、従業員にどんな人生を送ってほしいのか、というビジョンが共有できることが理想でしょう。
副業をきっかけにした「ローカルプレナー」のスモールビジネスは、大企業のビジネスから比べると何分の一、何十分の一というスケールかもしれません。でもそういう人たちが自立して、多様な形で食べていけるようになるといいなと思います。それが、豊かで成熟した社会のひとつの形ではないでしょうか。
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