やっぱりシンガポールGPはいいですね。煌びやかな夜の大都会の中を、F1マシンがカクテルライトに照らされて走っていく様は、ここでしか観ることができません。シンガポールGPはまだ新しいグランプリですが、今やF1になくてはならないイベントとして定着した、そう強く感じたレースでした。
見た目にも大満足のグランプリでありましたが、レースの内容としても非常に濃いモノでした。最後の最後まで、ルイス・ハミルトンの猛プッシュ、そしてセバスチャン・ベッテル、ダニエル・リカルド、フェルナンド・アロンソによる激しい攻防を観ることができた、素晴らしい1戦だったと言うことができると思います。ニコ・ロズベルグがリタイアせず、生き残っていたら、もっと面白いレースになったはず……そう思うと、残念でなりませんが。
さて、こんな面白いレースにしてくれた最大の要因は、セーフティカー(SC)出動のタイミングと、その前後に各ドライバーが採用した戦略だったと言えます。
話はSC出動前、24周目のことになります。ベッテルの後ろ、3番手を走っていたアロンソは、タイヤ交換のタイミングを使ってベッテルの前に出ようと、少し早めに2回目のピットインを行ない、新しい(と言っても予選で3周使っていますが)スーパーソフトタイヤ(SS)に交換します。
ピットイン直前、ベッテルとアロンソの差は約1秒。先に新しいタイヤを履けば、その分速いラップタイムで走行することができ、順位を逆転することができます。これを“アンダーカット”と称するわけですが、アロンソはまさにこのアンダーカットを実行したわけです。
このアロンソの動きに対応すべく、ベッテルも翌周にピットインします。この時ベッテルが選んだタイヤは、今回持ちこまれたタイヤのうち固い方、ソフトタイヤ(S)でした。今回、SとSSには、大きな性能差があると言われていました。SSの方がSより、1周につき2秒程度速いと。しかしその反面、SSの方が性能劣化(いわゆるデグラデーション)が早くなっていました。
通常ならばベッテルは、アロンソと同じSSを選択してコース上で抵抗することを選ぶはずですが、今回はあえてそうせず、アロンソの先行をあっさりと許します。つまりこの時点では、アロンソはまだSの使用義務を残した状態であり、いずれSを履く機会が訪れる……その時ベッテルはSSを履き、「コース上で抜いてやろう」と、そういう戦略を採ったわけです。そしてその戦略が活きるタイミングは、思いのほか早く訪れることになります。
ちなみにベッテルの1周後、26周目には首位のハミルトンがSSからSSに、27周目にはリカルドがSSからSに交換しています。
首位ハミルトンが31周目走行中、後方でクラッシュが起こります。ザウバーのエイドリアン・スーティルと、フォースインディアのセルジオ・ペレスが接触し、ペレスのフロントウイングが脱落。コース上にカーボンパーツが飛び散ります。これでSCが出動。このタイミングにまっさきに反応したのはアロンソでした。
トップ4台に限って言えば、この時点で首位ハミルトンと2位アロンソは、タイヤ交換義務を果たしていません。このSCのタイミングで、ふたりの選択が分かれます。26周目にタイヤを交換したばかりのハミルトンはそのままコース上にとどまることを選択しますが、これはSCが解除された後、2番手のマシンとの間に大きなギャップを築かなければならないことを意味します。1回のピットストップで失うギャップは、ここシンガポールの場合は約27秒と大きいものでした。一方アロンソはすぐにピットに入り、タイヤをSに交換して4番手で復帰、レッドブル2台と戦略を合わせ、コース上での勝負に挑むことを選びます。
SCが解除されるのは38周目から。ここからハミルトンは飛ばしに飛ばし、ベッテルとの差を広げていきます。当初はベッテルよりも1周につき3秒程度速いペースで飛ばしますが、徐々にタイヤの性能は劣化していき、差が広がる度合いが減少していきます。そして52周目に「もう限界」とピットインしてSSからSに交換。この時のベッテルとの差は25.3秒でした。
結局ハミルトンはベッテルの後ろでコースに復帰しますが、この時にはすでにベッテルのタイヤも劣化しきっており、コース上であっさりと首位を奪い返すことに成功します。ベッテルとの差を広げている間、ハミルトンは「プッシュし続けるのか、ペースを落としてタイヤを労わるべきなのか迷った」と言います。しかし、ここシンガポールはコース上で抜くのは非常に難しいサーキット。攻めに攻め、オーバーテイクを要するリスクを最小限に食い止めたところに、今回の勝因があったように思います。ただ、レッドブルとの間に27秒近くの差を築くことができるマシンは、今はこのメルセデスAMGだけ。その速さがあるからこそ、成し得た戦略と勝利だったとも言うことができるでしょう。
一方アロンソからしてみれば、最悪のタイミングでのSC出動だったはずです。結局リカルドとベッテルを抜くことができずに4位。もし31周目にタイヤ交換をせず、ハミルトン同様に“飛ばしに飛ばす”作戦を採っていたとしても、順位は同じだったかもしれません。酷なことですが、今のフェラーリのマシンにはメルセデスAMGほどの速さはなく、それこそ“飛ばしに飛ばし”ても、ベッテルに対して27秒の差を築くことはできなかったはず。少なくともオーバーテイクのリスクは残ったはずです。本人もレース後のコメントで、「SCのタイミングは不運だった」と認めています。
我々観ている側からすれば、今回のSC出動は、もっとも絶妙なタイミングだったということができるかもしれません。あのタイミング、つまり上位陣が通常のタイヤ交換作業を終えた直後でなければ、今回のようなハミルトンの激走とベッテルvsリカルドvsアロンソの激しいバトルを目にすることは、できなかったのですから。
そういえば、このSC出動のタイミングを、もっとも上手く活用したドライバーがひとりいます。それがSC出動の原因となったペレスです。ペレスはSC出動の直接的な原因となったクラッシュ直後、ノーズを交換するためにピットイン。この時、前の周に換えたばかりのSSを捨て、タイヤもSに交換しています。このピットストップで一時周回後れ(17番手)になるも、救済措置で先頭と同一周回に復帰。44周目にふたたびSSを装着すると、生まれ変わったように先行者を蹴散らし、なんとコース上で8台抜き、7位でゴールします。不運を幸運に換える力、“もっているペレス”というのを見せつけられたレースでもありました。