小林可夢偉が、F1シンガポールGPの予選Q1で記録した1分50秒405というタイムには、さまざまな意味と苦労が刻まれていた。
可夢偉が1分50秒405を出したのは、1回ではない。1セット目のタイヤでアタックした4周目と、2セット目のタイヤで出た7周目、可夢偉は二度まったく同じタイムを出している。どちらのセットも同じスーパーソフトタイヤ。しかし、1セット目と2セット目では周回数が違った。1セット目は5周走り、2セット目は3周だけというプログラムだった。
マリーナベイ・ストリートサーキットのフューエル・エフェクト(燃料搭載量がラップタイムに与える影響度合い)は、0.33秒/10kg。このサーキットでの燃費は1.7kg/周だから、たとえ2周分の燃料でも不必要な燃料は搭載しないで1アタックだけのほうが計算上は速いはず。なぜ、そのような方法でアタックを行ったのだろうか。
「それは、シンガポールのサーキットでは前後のバランスを取るのが難しいからです」(可夢偉)
マリーナベイ・ストリートサーキットは短いストレートを直角コーナーで結んだ独特のコースレイアウトだ。高速コーナーがないので、フロントタイヤに熱が入りにくい。その状態で約90度クルマを方向転換させようとすると、リヤタイヤのグリップが勝って、結果的にアンダーステアになるというのである。
だったらオーバーステア気味にセットアップを変更すればいいかというと、そうでもない。というのも、シンガポールのような低速コーナーが連続するコースでは、レースになるとリヤタイヤがオーバーヒートしやすいため、それを見越したセットアップにしておくことも大切だからである。つまり、アンダーステア気味にセットアップしたマシンで予選をアタックしなければならない。
この場合、一発でタイムを記録するのが難しいため、フロンタイヤにグリップ力が出てくるまで何周か走り続けるという方法が採られる。ジュール・ビアンキ、マックス・チルトン、パストール・マルドナドなど、可夢偉とQ1で争っていたドライバーの多くが連続アタックしていたことでもわかる。
「ニュータイヤでアタックを始めるとリヤタイヤが温まりやすいから、リヤタイヤのグリップが勝って、アンダーステアになりやすい。その状態でなんとかクルマを曲げようと頑張ると、今度はスナップオーバー(コーナーの入口がアンダーステアだったのに、出口に向かってアクセルを踏むと突然オーバーステアになること)になって、リヤタイヤがオーバヒートして、今度はオーバーステアになってしまう」
つまり、普通に連続アタックすると、1回目はアンダーステア、2回目以降はオーバーステアとなり、満足なラップが刻めない。そこで可夢偉は1回目と2回目のアタックの間に、1周クールダウンラップを入れた。
「1周目でフロントに熱を入れ、2周目にタイヤを休ませることでリアタイヤのオーバーヒートを抑えて、3周目はニュートラルな状態でアタックを開始できて、タイムをまとめることができるんです」(可夢偉)
もちろん、これはダウンフォース量が少ないケータハムのマシンでアタックする場合の話で、途中にクールダウンラップを入れた3周アタックが正解だとは一概には言えない。そのことは「ダウンフォースがしっかりあって、重量配分をフロント寄りにできれば、燃料を軽くして1回アタックしたほうがタイムは出る」と可夢偉も認めている。しかし、そんな状況は現在のケータハムには望めない。だったら、いま持っている道具でどうしたらベストを出せるかを考える──可夢偉のモチベーションはシンガポールでも途切れていない。
(尾張正博)