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【シンガポールGPプレビュー】夜のリスクが攻撃を誘う

2014年09月17日 13:10  AUTOSPORT web

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2013年シンガポールGP スタート
新規開催のなかでも群を抜いて人気を集めるシンガポールGP――市街地のナイトレースという特殊な舞台、アクセスの良さ、ホテル施設の充実……と、ファンにとってグランプリの週末を快適に楽しめる条件が整っている。走行中のマシンを間近に見られる観戦ポイントはレース通にも好評。

 市街地コースの主な魅力はもちろん“F1のために建設されたわけではない”道路を走行する難しさにある。伝統のモナコと比べてもここの公道はバンピーで、1周23ものコーナーは選手権最多。ガードレールが迫っていることは当然。そこにナイトレースという難題が加わってドライバーは神経を擦り減らす。人工の照明は明るく見えても、雨上がりの湿った路面やバンプを見分けるのは難しい。それでブレーキをミスすると、大きな縁石を越えるよりはエスケープに進んだほうが……とわかっていても、コースサイドの暗闇にマシンを運ぶのは本能的になかなかできることではない。同じ人工照明でも、たとえばアブダビの場合と比較すれば、シンガポールの暗さは容易に実感できる。

 市街地レースの副産物的な魅力は、F1界とファンの間に大きな壁がないこと。グランプリ期間中のホテル宿泊料は高騰するが(これは5~7連泊するF1関係者にとっても大きな悩み)、パドックに近いホテルでもチームやドライバーだけで完全に満室になってしまうことはない。2~3泊なら奮発してパドック近くに宿泊することも可能――レストランやプールで優雅に過ごしてドライバーより後からホテルを出ても、走行には十分、間に合う。モナコで同じ楽しみ方は、不可能に近い。


 一方で、週末全体を“エンターテイメント”として楽しめるグランプリを実現するため、F1関係者が背負う負担はとても大きい。高温多湿の気候は、ドライバーだけでなく夜を徹して作業を続けるメカニックたちの体力を消耗する。汗にまみれ“ドロドロ”になった状態で朝まで作業を続けた後は、熱帯の太陽の下を延々、徒歩でホテルまで戻る――全チームがパドック近くの宿泊料金に耐えられるわけではないのだ。立地上、パドック近くの駐車場はごく限られていて、プレスにとっては世界で唯一パーキングのないグランプリでもある。

 さらに、最近の欠点は“夜働いて、朝から昼過ぎまで睡眠する”関係者への配慮が薄れてきたことで、マリーナ地区では昼すぎから野外コンサートが始まったり、プールサイドで大音量の映像を流すホテルが出てきたこと。部屋に帰ってシャワーを浴び、寝たと思った途端に叩き起こされるエンジニアやメカニックは多数。部屋の向きやフロアによっては、この“不運”を覚悟しなくてはならない。レース翌日はレイトチェックアウトを予定していても、どこからかズンズンと大音量が響いてくる。「国が決めたこと」だからホテルもクレームのつけようがないとのこと――日中も静かに眠れるという、初開催時の心配りが薄らいできた。

 寝不足でタクシーに乗っても、ドライバーには「F1は金持ちのため。庶民にとっては迷惑千万」と、延々と繰り返される。これがモナコとの最大の違いで、裕福な国のイメージはこうして仕事を続ける労働者に支えられており、彼らはF1が“交通規制と渋滞を生むだけの厄介な存在”と捉えている。


 それでも、シンガポールはTV観戦組にとっても楽しみなグランプリ。白い照明のなか、華麗にコーナーを抜けるF1は、他では見られない美しさを放っている。マシン性能順に並ばないという魅力もある。ダニエル・リカルドは「シンガポールと鈴鹿」をターゲットとして挙げているが、理由はいくつもある。

 まず、ストレートが短くコーナーが連続するコースでは、メルセデスの優位性が小さくなる。スパ‐モンツァと身を削るようにしてダウンフォースを削ってきたチームは、ここで本来のダウンフォースを取り戻す。それはコーナリング速度の向上と同時に、バンプ上での挙動の乱れを抑える効果を持ち、このコースでもっとも大切なドライバビリティをもたらすはずだ。

 リカルドにとってシンガポールは2013年、F1のキャリアで唯一の“自損事故”を経験した場所――失敗を直視して徹底的に自己分析するのがリカルドの強さで、去年の経験はむしろ今年の力となるに違いない。もともと、市街地コースが好きなドライバーでもある。内側から素早く限界線を探っていくドライビングスタイルはマシンの挙動を乱すことがなく、リヤがスライドしない分、市街地のリスクも小さくなる。オーバーテイクが難しいコースであることも、リカルドに関しては障害とならない。

 ルノーのパワーユニットも、シーズンが進むにつれてどんどん性能を向上してきた。パワーではメルセデスPUが圧倒的と言われても、スピードを見るかぎりもはやルノーが絶対的に劣っている証拠はない。もともとドライバビリティ重視のパワーユニットであることに加えて、今回から導入される“無線通信の制限”もルノーのコンセプトにアドバンテージをもたらす――これまでのチームラジオでも、レッドブルのドライバーが細かくモードを指示される様子を耳にした人は少ないはずで、それはルノーのエネルギーマネージメントが完全に自動制御で行われていることと無縁ではない。加減速の頻度が多いシンガポールは年間でもっとも燃費に厳しい、100kgのガソリンで走り切ることが難しいコースである。


 モンツァで不調だったフェラーリにとっても、パワーユニットのハンディが小さくなるシンガポールはチャンス。何より、コントロールが難しい今シーズンのF1マシンでは、ふたりのドライバーの能力が例年以上に影響する。総合的な意味で、フェルナンド・アロンソは毎年マシンの欠点をカバーしマシン性能以上の成績を挙げてきた。キミ・ライコネンがこの市街地サーキットを好む理由はないが、昨年、腰に負傷を抱えながら3位でゴールした結果からもわかるとおり――荷重移動を抑えた華麗なラインはマシンを無理強いせず、2時間の長いレースで強さを発揮してくる。タイヤがスーパーソフト/ソフトという軟らかいレンジの組み合わせであることも、フェラーリの悩みを小さくする。

 普通に考えれば、メルセデスが優勢。しかしコース自体が罠に満ちているシンガポールではメルセデスとて安泰ではない。セーフティカーの可能性も高い市街地コースでは作戦の柔軟性と、ドライバーの“抜く力”が影響する。繰り返しになるが、シンガポールは“F1マシンが走るため”に設計されたコースではない。メルセデスにとっては、ここを守ればタイトルはほぼ確実。レッドブルをはじめ、他のチームにとっては――至近のライバルを攻撃する最大のチャンスである。

(今宮雅子)