前回「いきなり上司Z氏を殴る」という尋常ではない形で華麗に登場した同僚のSさん(元ヤンキー)。非常に乱暴者であるように感じられたかもしれませんが、普段は物腰柔らかく、所謂「兄貴肌」な方で部下にも慕われておりました。
元々私とは別部門で、パソコンはそんなに得意ではありませんでした。ただ、勉強しようと思ったら半端ない集中力を発揮する方でして、「かっこいい」という理由で買ったMacBookを、ほぼ1日で使いこなせるまでに学習し、今ではMacサポートは私よりも高度なトラブル対応をこなすPCサポーターに成長したのです。(文:光明隠歌)
コミケのみやげに「メイドクッキー」買ったものの
そんな彼の弱点は「嫌いな相手は、徹底的に嫌う」こと。特に嫌っていたのが、例のZ上司です。「Zは何もできんくせに、人の手柄を自分の手柄のように大げさに語るから最低」なのだそう。確かにムカつきますが、だからって殴ってはいけません、殴っては。
当時Sさんは、風呂やキッチンなどが共用の「シェアハウス」のような社宅にZ上司とともに住んでいましたが、Sさんの中ではZ上司は仕事ができないだけでなく、気持ち悪い存在だという印象があったようです。
「怪しげなゲームばっかやってるし、深夜にアニメばっか見てるし、ブツブツ独り事言ってるし、会話がまともにできないし、パンツ丸見えのフィギュアばっか買ってるし。気持ち悪いオタクじゃんか」
……聞いた瞬間に、当時からオタク業界の片隅に関わっていた私がそっと目を伏せたのは、言うまでもありません。
あるとき私は、東京で開かれたコミックマーケットという同人誌即売会に参加しました。有休とってるし、会社になんかおみやげ買っていかないと…と思ったのですが、その時の私の頭は「オタクモード」に切り替わったままでした。
私が選んだのは、箱に可愛いメイドさんが描かれているクッキー。最近はビックサイトの売店で買えるんですよね。いかにも「オタク御用達!」といったパッケージです。しかし有休が明けて出社する直前、私はハッとしました。
(そういえばSさん、「オタクは嫌い」って言ってたよな……)
意外な展開「可愛い子を見てると元気わく」
いわゆる萌えフィギュアのたぐいも気持ち悪い、と言い切るSさんのこと、こういうクッキーとかも気持ち悪がるかなあ、持っていかないほうがいいかなあと考えたのですが、包装紙だけ何とかすりゃどうにかなるだろと思い、会社に持って行くことにしました。
しかし出社して包装紙をはがしてみると、なんと中のクッキーは個別包装、そこにも美少女が描かれていました。まずいと思ったその時に、Sさんが出社してきたのです。
「あ、それ光明さんのおみやげ? へえ、これが"萌え"とかっていうやつ?」
意外にも興味津々です。「可愛いなあ。こういうの、東京なら売ってるんだー!」とSさんが言うと、中途半端に事情通な後輩君が「なんか50万人集まるオタクのイベント行ってきたんですって」と補足。お前、余計なこと言うな!
それに対してSさんは「光明さんはこういう可愛いのが好きなだけであって、キモいオタクじゃねーじゃん」と反論。私はそれに答えずにそのまま出先の仕事に行き、会社に戻ってくると、あのクッキーの包装紙が何故か額に入れられ、神棚の隣に飾られてました。
「Sさんが、『可愛い子を見てると元気がわくから』って言って」
事務所に残っていた後輩君が教えてくれましたが、私はしばらく空いた口がふさがりませんでした。神棚の隣はやめるんだ、怒られるぞ!
趣味の上では大差ないのに
その後、Sさんにヒヤリングした結果、「仕事も会話もちゃんとできる人は、ただの美少女好き。会話もロクにできなくて不審な行動が多い奴は、キモいオタク」という回答を頂きました。
彼の基準からすると、「光明さんはオタクじゃなくて、そういう趣味を持ってるだけの普通の人」であり、「キモオタZ上司とは違う」のだとか。
しかし当人からすると、会話はともかく趣味の面ではZ上司とは大して違いがないというのが正直なところ。オタクかどうかの境目って、一体なんだろうと考えると同時に、「オタクはキモい」じゃなく「キモいのがオタク」なんだな……という国語の難しさを実感したのでした。
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