ルイス・ハミルトン、トト・ウォルフ、パディ・ロウが、異口同音に「1‐2位フィニッシュを失った」と表現した。自分たちのマシンにはその力が十分に備わっていると確信していたのに、2周目の接触で台無しになってしまった、と――。
たしかに“エンジン・サーキット"と言われるスパでは、メルセデス・パワーユニットのアドバンテージが活きてくる。ただし、雨の予選で彼らが記録した2秒速いラップタイムは、速さとは裏腹に、楽観できない一面も提示していた――ダウンフォースが大きすぎるのだ。それはメルセデスにとって1周をもっとも速く走るためのセットアップであっただろうし、レースになればタイヤ性能の維持に貢献するダウンフォースでもあっただろう。しかし引き換えに、彼らは最大の強みであるストレート速度を差し出してしまった。メルセデスのパワーを、とても“贅沢に"使うセットアップだったのだ。
ドライコンディションのレースでも、スタートでトップに立ってどんどんリードを広げれば問題はないはずだった。ただし、何らかの理由でオーバーテイクが必要になった場合には、DRSだけで簡単に抜いていくことはできない。メルセデスの選択は、速さはあってもスパのレースに最適なものではなかった。
他のメルセデスPU勢が貴重なパワーを活かすセットアップを選んだのは当然。フェラーリやレッドブルも、長い坂道を上るため、身を削るようにして“軽い"セットアップを採用した。結果、ストレートエンドでのメルセデスの速度は中庸なところに落ち着き、オールージュ~レディヨンは速くてもそこからの伸びは23km/h程度のプラスにとどまった――これは、ダニエル・リカルドのレッドブルと同程度。雨の予選で速かったメルセデスが、ドライのレースでは“ストレートでレッドブルを抜けない"状態に陥ったゆえんだ。セバスチャン・ベッテルは長いストレートで30km/hも加速し、ニコ・ロズベルグを上回るトップスピードを記録していたのだから。
2周目のハミルトン/ロズベルグの接触に関しては、チーム内でも決着がついていない様子で“お家騒動"はモンツァ以降まで長引きそうである。ただしベルギーGPの問題がふたりのライバル関係だけにあったとするのは危険で、メルセデスは“レースがいかなる展開でも1-2フィニッシュは確実だったのか"と考えなくてはならない。レースはマシン性能の優位性だけで勝てるわけではないし、オーバーテイクの力がないと作戦はどこかで破たんする。ロズベルグはスタートに失敗し、ノーズ交換によって健全なマシンを取り戻した後もベッテルを抜けず、タイヤにフラットスポットを作り、17周目のストレートではバルテリ・ボッタスのウイリアムズに抜かれてしまったのだから。
「明日のレースでは、対メルセデスでももっとコンペティティブに戦える」と、予選3位のベッテルが宣言した。金曜日はトラブルでほとんど走行できなかったうえ、ダウンフォースを削ったセットアップでバランスを出すのは難しく、レースではリカルドを援護するようなポジションに身を置いてしまったものの、速いはずのロズベルグを抑え切った第2スティントはさすが。3ストップでアグレッシブに攻めた終盤は、アロンソ、ケビン・マグヌッセン、ジェンソン・バトンとの大接戦でストレスを発散した。ラ・スルスでフェラーリのフロントウイングを踏んで行った様子は大人な乱闘であったものの……タイトル経験者同士の戦いは高度で清々しい。
そんなレースを引き締めたのは今回もアロンソ。フォーメーションラップをスタートする際にはバッテリーのトラブルのためチームスタッフの退去が遅れて5秒ペナルティを受け、マグヌッセンの強引すぎるブロックによって何度かコース外に押し出されそうになり、最後はベッテルにフロントウイングを踏まれ……という展開にもかかわらず、アロンソの腕と精神を目にすると“散々な"イメージは浮かばない。周回遅れのケータハムを含めた“4ワイド"は戦慄を伴う迫力のシーン。そして左フロントウイングを失った結果の、オールージュ~レディヨンの短いコースオフは、アロンソだけが備えた超人的な危機回避能力を象徴するシーンだった。いつ、どこを走っていても、フェルナンド・アロンソは生れながらの“戦士"だ。
「アラン・プロスト、アイルトン・セナに続いて、ダニエル・リカルドはルノー・ターボでスパを制した3人目のドライバーになりました」
3勝目を祝福するルノーのこんなリリースを目にしたら、彼はこの勝利をさらに誇りに感じるに違いない。
いつも笑顔。25歳。レッドブルで1年目。こうした要素をすべて忘れてリカルドのレースを見れば、彼自身にとって永遠のヒーローであるアイルトン・セナとの共通点が浮かんでくる。不可能なはずの勝利を、可能にしてしまう能力だ。これまでの2勝と異なってレースの大半を首位で走行したベルギーGPでは、見えないライバルを相手に自らのレースを完璧に管理する能力を発揮した。
「僕らのマシンには、セクター2を抜けられるだけのダウンフォースが基本的に備わっているから、かなりダウンフォースを削減した仕様でこのレースに挑んだ。テレビで見ていても、リヤウイングがすごくシンプルだってわかったでしょ? モンツァでもっと小さなウイングにするなんて、できないかもしれない……だとしたら、DRSを開いたままで走るしかないよね(笑)」
レース序盤、ケメルストレートでアロンソを、プーオンでベッテルをかわしたシーンに、躊躇はいっさいなかった。首位に立ってからのペースは驚くほど正確、タイヤ管理は巧みで、ラップタイムの揺れは0.1~0.2秒程度。ロズベルグが3度目のピットでソフトに交換したと知った後も「最後まで追いつかれはしない。ペースを維持できる」と判断した。最終ラップで自己ベストを記録したのは“任務完了"の証――。
リカルドのレースを見れば「メルセデスが同士討ちをしたおかげ」とは言えない。レッドブルがアプローチを変え、ギヤ比を変更し、ルノーがシーズン一の難関に挑戦した結果の、正当な勝利。壮大なサーキットでメルセデスの神話を崩した原動力は、本物のチームワークだ。
(今宮雅子)