今回のF1ベルギーGPでの可夢偉とロッテラーの交代劇には、いくつかの謎がある。
まず、なぜ交替の発表がベルギーGPが始まる直前となったのかだ。ロッテラーのマネージャーであるバーナー・ハインツは「ハンガリーGPのころから交渉を始めていた」と語っており、8月半ばにはロッテラーが現在レースをしている関係者に対して、F1に出場できるよう調整を進めていたからである。つまり、この時点でケータハムはロッテラーをベルギーGPに出場させようとしていたのだから、可夢偉側に内々に伝えることは可能だったのもかかわらず何も伝えなかった。そればかりか、ロッテラーへの交代を発表する8月20日にケータハムのファクトリーに来て、ベルギーGPに向けてシミュレーターに乗る可夢偉を見て見ぬふりをしていたのである。もし、可夢偉を解雇しようとしていたのなら、その行為も理解できなくはないが、「チームの一員として残る」(ケータハムのリリースより)ドライバーへの対応としては疑問が残る。
ふたつめの疑問は、なぜ持参金もないロッテラーを可夢偉と交替させたのかだ。マネージャーのハインツによれば「ロッテラーは今回の契約で、持参金はケータハムに1ユーロも持ち込んでいない」と語っている。ハインツは現在、ヒュルケンベルグのマネージャーも務めており、かつてはフレンツェンやハイドフェルトなど表彰台を経験したドライバーのマネージメントも手がけていた。彼のスタイルは「F1ドライバーは腕を買われて、チームからお金をもらって雇われるべき」で、近年横行している「持参金付きドライバー」の存在を否定している。
確かにロッテラーは今回、オランダのスポーツドリンク「HYPE」を持ち込んでいるが、それは個人スポンサーであって、チームへの持参金ではないようだ。もし、それが本当なら、チームの事実上のボスであるコリン・コレスはなぜお金を得るメリットもないのに、ドライバー変更を行ったのか。
もちろん、ロッテラーは悪いドライバーではない。だからと言って、F1に乗ってすぐに結果を残せるわけがないことはミッドランド時代からF1チームに携わっているコレスなら、わかっているはずだ。
そこで考えられる可能性が、ふたつある。ひとつは可夢偉側から再びケータハムに乗るためにお金を引き出すのが目的ではないかということだ。可夢偉側とは、可夢偉本人ではなく、鈴鹿サーキット(モビリティランド)も含めてターゲットとなる。チームオーナーが変更となったイギリスGPで、鈴鹿サーキットは日本GPを盛り上げるイベントをケータハムのモーターホームで行っていた。それをコレスが見逃すはずはない。
もうひとつは、エリクソンを解雇する布石を作るためではないかというものだ。エリクソンが予選で可夢偉に大きく負け越しているのは周知の事実。そのエリクソンがF1初体験のロッテラーにも負けるようなら、契約を解除できるのではないか。というのも、興味深いことにエリクソンのマネージャーであるエイエ・エルグが今回の可夢偉の交代劇に過敏になっているのだ。日本人メディアに「なぜ、可夢偉は交替させられたのか?」と尋ねてくるほど、その背景を気にしている。
果たして、コレスの真意はどこにあるのか。それはエリクソンにも、可夢偉にも、もしかしたらロッテラーにもわからない、謎の決断だったのかもしれない。
(尾張正博)