木曜日のアンドレ・ロッテラーの会見で、印象に残った言葉がある。それは「スパに思い出を作るために来たわけじゃない」というセリフだった。その証拠に、金曜日に初めてF1マシンに乗って、コースインした気持ちを尋ねられた時、ロッテラーは次のように語ったものである。
「僕は10年以上も前にF1のテストドライバーを務めていたこともあるし、その後日本のレースでチャンピオンになり、ル・マンで優勝もしたから、今さら興奮なんてしないよ。ただ、マシンがまったく違うのには驚いたなあ」
ロッテラーは8月18日の月曜日、ケータハムのファクトリーに行って、ドライビングシミュレーターに乗り、スパを仮想空間の中で走っていた。しかし、シミュレーターはあくまでシミュレーター。例えば、タイヤのリアルなグリップ力はシミュレーターでは感じることができない。タイヤはマシンと路面とをつなぐ唯一のコンポーネント。ダウンフォース量やエンジンのパワー、そしてブレーキングでの制動力も、タイヤを通さないと感じ取ることができないのだ。
金曜日のフリー走行でロッテラーがもっとも印象深かったと言ったのは、初めてF1マシンを走らせたことではなく、今走らせている他のカテゴリーのマシンと、F1マシンとの違いだった。
「WECはマシンがもう少し複雑だし、走らせ方も耐久レースなので、信頼性重視になる。スーパーフォーミュラとF1はシングルシーターとしては似ているけど、パワーはF1のほうがあるし、ブレーキも効く。逆にスーパーフォーミュラは大きなディフューザーがあるし、グリップ力のあるタイヤを履いているので、コーナーではもっとアクセルを踏むことができるんだ」
金曜日にF1マシンに乗ったことに感動するよりも、F1マシンの違いを学んだロッテラーは、土曜日にさらなる経験を積む。ウエットタイヤとインターミディエイトタイヤを履いた走行だった。
「パワーはあるのに、スーパーフォーミュラに比べるとダウンフォースがないから、ウエットコンディションではマシンをコントロールするのが難しくて、簡単にクルマを壊してしまいそうな場面が何度かあったよ。ミスをすることなく、予選を終えることができて、今はホッとしている」
だからといって、ロッテラーはマシンを壊すことを恐れて、単に安全運転していたわけではない。チームメイトのマーカス・エリクソンより、1秒速いタイムを刻んだのだ。
「7月下旬には、ここで24時間レースにも出場していたから、走り込みは十分。あとはいかに早くF1マシンに慣れるかだけ」と金曜日に語っていたロッテラー。わずか1日で、チームメートを上回ってみせた。しかも、初のウエットで。日曜日のレースは今のところドライコンディションが予想されている。一日一日学習しているロッテラーが、44周のレースの間に、どんな進歩を見せるのか、楽しみにしたい。
(尾張正博)