ロッテラーはこれまでも何度かF1のパドックを訪れている。12年にバレンシアで開催されたヨーロッパGPにも来ていたし、昨年はこのベルギーGPのパドックでも会っている。その時、「どうしてスパに来たんですか?」と尋ねると、「ドイツで生まれたけど、少年時代はベルギーで過ごしたんだ。カート場の近くで営業していた屋台で、よくフライドボテトを買ってもらったよ」と話していたのを覚えている。
その少年は18歳になるとドイツへ戻り、四輪のレースを開始。フォーミュラBMWでいきなり頭角を現し、2000年にはスチュワートを買収してF1に参戦したばかりのジャガーのテストドライバーに就任する。だが、そこからが長かった。今回F1にデビューするまでの14年間に、ロッテラーはアメリカや日本でレースの経験を積む。しかし、その経験がロッテラーを少年から大人へと成長させ、懐の深いドライバーへと育てていったのではないか思う。
通常、F1での初走行ではなんらかのハプニングが起きるものだが、ロッテラーはアクシデントを引き起こすことはなかった。それだけでなく、スピンもコースオフすることなく、3時間のセッションを終えた。しかも、チームメートには100分の4秒後れを取ったが、上々の滑り出しである。そして、それを可能にしたのが、ロッテラーがこれまで蓄積してきたさまざまなカテゴリーの経験だったのではないだろうか。
通常、初めてF1を運転すると、良いパフォーマンスを見せようと、ついつい限界を超えてしまいがちだ。しかし、ロッテラーにはそのような焦りはなかった。
「最初にダウンフォースレベルをかなり削ったところから走り始めて、その後、徐々にダウンフォースをつけて、最適なポジションを探っていったんだ。タイヤのグリップ力、ステアリングの感覚、パワーの出方がWECやスーパーフォーミュラとは違っているので、少しずつ学習していったよ。かなり分かってきたけど、まだ完璧じゃない。でも、割と良いレベルにはいると思う」
こうして迎えた初めてのアタックラップ。しかし、その時もロッテラーは冷静だった。
「だって、午前中はずっとプライム(ミディアム)タイヤでしか走行できなかったから、オブションを履くのはそのアタックの時が初めてだろ? グリップ力の限界が分からないまま、全開でオー・ルージュを攻めるようなバカなことはしないよ」
さらに冷静だと感じたのは、2周連続でアタックせず、一度タイヤを休ませてから、再びアタックして、2番目に速いタイムではチームメイトのエリクソンを上回ったことだった。1回目のアタックでタイヤの限界点を感じ取り、2度目のアタックではその限界点にチームメイトよりも近づけた証拠である。
F1デビュー戦に浮かれて闇雲に速さをアピールすることなく、レースでより良い結果を残すために着実に走り込んだロッテラー。金曜日のフリー走行ではタイムを計測したドライバーの中で最下位に終わったが、まだ伸びしろを十分に感じたベルギーGP初日だった。
(尾張正博)