2014年08月15日 17:10 弁護士ドットコム
長崎県佐世保市の女子高生殺害事件をめぐり、元裁判官や弁護士、医師らでつくる「少年問題ネットワーク」は8月14日、殺人容疑で逮捕された同級生の少女(16)について、検察官送致(逆送)ではなく、家庭裁判所の調査官による徹底的な調査を求める「要望書」を最高裁に提出した。
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この要望書のメンバーには、神戸連続児童殺傷事件を担当した元神戸家裁判事の井垣康弘弁護士や、漫画「家裁の人」の原作者である毛利甚八さんらが名前を連ねている。以下の4点が主な要望項目となっている。
・安易に逆送を選択せず、家裁調査官の徹底した調査をすること
・インターネットによる情報拡散を考えると重大少年事件を裁判員裁判にかけるのは避けること
・少年の立ち直りのために、多様な処遇の道を用意すること。そのために裁判所は少年刑務所と少年院の教育効果の違いを深く知ること
・家裁、少年院、保護観察を通じて少年の処遇効果や立ち直りの姿を記録し、被害者に情報開示をするとともに、一定期間の後に事件の教訓を汲み出し、一般向けの啓蒙活動を進めること
同団体は家庭裁判所の裁判官や調査官の役割について、「組織的に進む厳罰化の流れのなかで、非行少年の立ち直りを信じ、保護主義の志を持つ人たちがたくさんいるはずです。その人たちの仕事が厳罰化の流れによって押し潰されず、いきいきと展開されることを願っています」としている。
最高裁に提出された要望書の全文は、以下の通り。
上記につきまして、早急な対処をしていただきたく、下記のとおり、お願い申し上げます。
1.要望の趣旨
「少年問題ネットワーク」は 2000年の少年法改正を受け、改正少年法の5年後の見直しのため、2001年に設立された任意団体です。現在、会員は少年問題に関心をもつ一般の市民、元裁判官、弁護士、元家裁調査官、元法務教官、元保護観察官、保護司、元児童相談所職員、元児童自立支援施設職員、自立支援ボランティア、精神科医、臨床心理士、小児科医、法学研究者、ジャーナリストなど、それぞれの立場で少年たちにまなざしを向ける 152名です。こうしたメンバーで主にメーリングリスト機能を使い、過去 13年にわたり少年法の運用や少年司法の実務を研究し討論してまいりました。
そうした経験に基づき、最近の少年事件の手続きについて、私たちは貴庁に要望する必要があると判断しましたので、意見を述べさせていただきます。
2.安易に逆送を選択せず、家裁調査官の徹底した調査を求めます。
本年 7月に長崎県佐世保市で衝撃的な少年事件が起こり、外形的に特異な事象が報道されていることから、世間の耳目を集めており、社会的不安も大きく広がっているものと推察されます。またインターネット空間では、当該少年の情報を含むさまざまな噂話が拡散しています。
当会は、1997年の神戸児童連続殺傷事件以来、いくつかの重大少年事件によって起こった「少年法は甘い」とする世論に誘導されるように 2000年の少年法改正が行われた後、少年審判の実務のなかで保護主義の思想が弱められ、形式的な厳罰化が進行していることを憂慮してきました。
今、司法に求められているのは、痛ましい重大少年事件について、どのような事実関係のなかで事件が起こってしまったのかを徹底的に解明することです。また二度と同じような事件が起こらないようにするために少年にどのような処遇をすればよいのかを深く考え、選択し、実践することが求められています。
また被害者遺族にとっても、事件に至る事実と当該少年の心が解明され、それを知ることが被害回復の出発点ではないかと考えます。
そのためには、まず当該少年の家庭環境、成育史、事件に至る少年の心の変遷などを、家裁調査官が十分な時間のなかで調査し、解析することが重要です。
私たちは、2000年の少年法改正直後は少年の要保護性や更生を見極めた処遇選択がまだなされていたと感じていますが、その後は死を伴う重大事件は逆送することが既定路線のような運用となっており、丁寧な調査と法の適用が行われていないのではないかと危惧を持っています。また、要保護性調査を担う家裁調査官に、非行事実の大小の評価に加えて、まるで検察官の如き事案の評価をさせており、家裁調査官の用いられ方に対して違和感を感じています。家裁調査官には、非行メカニズムの解明のための調査と更生のための処方箋を探る本来の調査への回帰を期待しています。
少年法の原則にしたがい、少年の性格や環境といった犯行の背景にある問題について綿密な調査を行い、保護処分が少年の更生に資するのか、検察官送致が少年の更生に資するのかを慎重に検討していただきたいと考えます。少年法の原則の確認と文理解釈を厳密に行い,保護の必要性の有無を家庭裁判所段階での調査で十全に行うことを求めます。
こうした観点からも、各家庭裁判所におかれましては、万全の態勢を整え、調査官による重大少年事件の調査をバックアップしていただくよう要望します。少年鑑別所の鑑別の結果を生かして家庭裁判所調査官が十分な調査を行うことはもちろん,精神科医による鑑定も含めて可能な限りの調査を行い,事件を明らかにしていくことが科学主義について定める少年法9条が家庭裁判所に求めていることであり、家庭裁判所が社会に対して負うべき使命であると考えます。
3.少年の立ち直りのために、多様な処遇の道を用意してください。
重大少年事件を検察官送致し、裁判員裁判にかけることは処遇の多様性をせばめる可能性があると私たちは考えます。
たとえ少年法 55条をもとに家庭裁判所への移送が争われたと仮定しても、裁判員裁判では検察官を中心に、公開の場で非行事実の確認がなされるのみならず、非行事実の残忍さが追及されたり、被告人尋問によって少年の動機を追及し、証言の矛盾を問いただす場面が起こることは容易に予測できます。このようにある意味で糾弾的な争いの場に少年を投げ込むことは、少年が非行事実を振り返り、自身のあやまちを認め、被害者に対する贖罪の気持ちを育てるために必要な、静かに内省する機会を奪うことになります。
また裁判員裁判で裁かれれば、検察官の示した非行事実の細部や少年の証言のひとつひとつが新聞、テレビ、インターネットによって報じられ、拡散することになると思われます。特にインターネットで拡散した情報は無数のコピーとなってインターネット空間に保存され、これを回収することは国家の力を持ってしても難しい状態となっています。これは少年の立ち直りにとって長い期間にわたる障害となるでしょう。こうした情報のリテラシーの観点から見ても、世間の耳目を集める重大な少年事件を公開の刑事裁判にかけることは、少年法の根本理念を大きく裏切ることになります。
1997年以降に起こった神戸児童連続殺傷事件、佐賀バスジャック事件などに対応して、少年院の現場ではG3という分類が創設され、医療少年院とその他の施設が連携することによって4年から5年といった長期処遇の経験が積み重ねられています。こうした矯正機関の対応を踏まえずに、被害者が死亡したかどうかという外形的な結果だけで検察官送致に付するとすれば、それは保護主義を標榜する少年法とかい離するものになりかねません。
裁判員裁判の結果、少年刑務所に送られた場合、受刑者のうち少年は1名から数名の例外的存在というのが実態であり、受刑者のほぼすべては20代の成人です。そこでは少年が希少であるため、潤沢な資金によって新しい矯正教育の試みが行われていることを私たちは確認しています。しかし、少年刑務所の基本理念は、事故が起こらないように、受刑者の時間を奪い、拘束することです。また女子の場合は、女子専用の少年刑務所は存在しません。裁判員裁判で長期の刑が選択されても、成人の女子刑務所で、刑務官が手探りの処遇や教育を行うしかないのが現状で、その成果は未知数であるといわざるをえません。
たとえ少年刑務所が恵まれた教育環境にあったとしても、少年院での生活とは桁外れに違います。少年院では、法務教官は自ら名前を名乗り、ひとりひとりの少年と向き合います。法務教官は4~5名で20人ほどの少年を担当し、それぞれの少年の行動を観察し、日記を読むことなどを通じて、在院中にデリケートに変化していく少年の心情を把握する経験を持っています。
少年院の中では、家裁の調査、鑑別結果、処遇指針、少年審判時の意見などをもとに、少年の実情に応じた綿密な更生プログラムが組まれます。少年院生活の一定のルールと課題のもと、各少年のために組まれた課題に取り組む生活が始まります。担任教官は少年にとって親のような存在であり、他の教官(外部の専門家含め)とチームを組んで関わります。
多くの少年は成長途上ゆえ、自身に起こっていることを言語化できず、行為や関係性によってのみ自己を表現する存在です。信頼できる他者との関わり合いの中で、自身の表現するところを受けとめられ、その関係性によってはじめて語られ、見えてくる性質があります。
少年は、心情安定、関係構築、院生活の心構えの習得などのため一定期間個別処遇を受け、その後、集団寮の中で他の少年達と共に暮らしていきます。これまで自己本位に暮らしていた少年達は、まさに人間と人間のぶつかり合いを起こし日々トラブルが絶えません。こうしたひとつひとつの出来事こそが、少年達の言葉にできない背景や傷つきの表れであり、法務教官がそこを丁寧に取り上げ、状況を共に見つめていく中で、少年は「気持ちを受けとめられる」「相手を知る」「受けとめる」という体験を繰り返していきます。
こうしたプロセスの中で、自身の過去や事件についても振り返りが起こり、やがて内面からの気づきが訪れます。究極の目的は、人間性の回復であり、この人間性の回復のプロセスには、全人格のぶつかり合いが必要です。大変な時間とエネルギーがかかります。
こうした関わりが安定してできるのも、綿密なプログラムとシステムの中、同世代との暮らしができ、多様な教官との疑似家族が組める少年院の環境だからこそです。
少年院の教育は穏当で確実なものに成長を続けており、少子化による収容少年の減少によって、より教育がしやすい状態になっています。裁判官、家裁調査官におかれては、幾多の経験に学び、発展してきた少年院教育の実情をしっかり把握したうえで、服役とどちらが良いのかをしっかり見通したご判断をお願いしたいと考えています。
以上の理由で、重大少年事件においては、保護処分を選択した上で、少年院において、関係者の英知を結集し、時間と労力をかけて、医療、心理、福祉等のあらゆる視点から当該少年に働きかけ、再犯の危険を可能な限り減少させるように、立ち直りを促す処遇を行うべきだと考えます。
4.事件から学んだ事柄を広く社会に還元してください。
また家庭裁判所・少年院・保護観察所は、それぞれ当該少年の立ち直りのために全力を尽くすと共に、その処遇過程における担当者の判断や評価、立ち直りの過程を詳しく記録する社会的使命があると考えます。
そうした記録は、まず被害者遺族に対して開示される必要があるでしょう。刑事裁判でなく少年審判が選ばれたことによって、被害者遺族に知るべき情報が渡らず、不遇感をつのらせることのないよう配慮する必要があります。
また、ある一定の時間をおいたうえで、事件の起こった背景、子育てや教育に応用できる教訓などを広く公開し、事件から学んだものを社会に還元することで、社会不安を払拭し、同じような事件を再発させないための啓蒙活動をするべきです。
本年7月の佐世保市の重大少年事件は、社会全体に大きな驚きを持って迎えられています。特に 10年前に小六女子同級生殺害事件を体験した佐世保市の教育関係者は大きな苦悩に包まれていると伝えられています。また子を持つ多くの母親・父親にとって、自らの子育てに不安を抱かせる事例でもあります。であるからこそ、多くの市民が、事件の背景や少年の心理、矯正教育の過程で起こる少年の変化、立ち直りの姿などの情報に接しながら、子育てや教育について論じ合うような場が創設されるべきです。
非行を犯した少年が、自らの人間性を取り戻し、幸福の実感を掴むなかで他者の痛みに気づき、真の贖罪に向かっていく。その過程を分かち合うことで、被害者にも、社会にも少年司法手続きに対する信頼が醸成されていく。そのような少年審判と司法手続きを実現されるよう、裁判官、家裁調査官、書記官をはじめとする職員のみなさまにお願いします。
少年問題ネットワーク 最高裁要望書賛同者名簿
井垣康弘 弁護士・元裁判官 大阪府豊中市
荒木伸怡 立教大学名誉教授・弁護士 埼玉県さいたま市
中島 宏 鹿児島大学教授 鹿児島県鹿児島市
千葉理美 主婦 神奈川県 川崎市
加藤暢夫 ponpe mintar社会福祉士 愛知県瀬戸市
川出晃睦 元愛知県職員(児童相談所・児童自立支援施設勤務) 愛知県春日井市
シャーリー仲村知子 ぱすたの会事務局長 大分県大分市
狩野 修 保護司 福岡県福岡市
増田美佐 校正者・主婦 東京都武蔵野市
杉浦ひとみ 弁護士 東京都文京区
新倉 修 青山学院大学教授 東京都世田谷区
安西敦 弁護士 香川県高松市
魚住絹代 元法務教官、くずは心理教育センター長 京都府八幡市
長谷川博一 臨床心理士(こころぎふ臨床心理センター代表)岐阜県岐阜市
土居原 和子 公立中学校教師 兵庫県尼崎市
菅野 庸 精神科医 宮城県大崎市
児玉勇二 弁護士 東京都中央区
片山徒有 被害者と司法を考える会代表 東京都世田谷区
毛利卓哉(毛利甚八) 著述業・篤志面接委員 大分県豊後高田市
(弁護士ドットコムニュース)