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【ハンガリーGPプレビュー】ハンガロリンクで求められるスキルとリズム

2014年07月24日 06:00  AUTOSPORT web

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ハンガロリンクで絶対的な強さを誇るハミルトン。ここでランキングトップのロズベルグとの差を詰めたいところ
1986年の初開催以来、29回目のグランプリを迎えるハンガリー。共産主義体制が崩壊する1989年までは東欧のなかでも開かれた国として知られ、体制転換後は外資が流入したことで目覚ましい経済発展を遂げた――トラバントやラーダと西ヨーロッパの最新車種がブダペストの町を混走する光景は印象的だったが、今ではそんな姿もほとんど見かけなくなった。

 ドナウ河沿いの街並みは美しく、夏は観光客で賑わう。西ヨーロッパに比べると物価も安く、手ごろな旅行先なのだ。昔は“学校で習う外国語がロシア語だった"とのことで、ホテル以外では英語が通じにくかったが、今はそんな苦労もない。ただし……いまだにクレジットカードを使えないレストランが多い。グーラッシュスープは美味しいけれど、冷房のないレストランでは汗だくになる。

 それ以上に厄介なのは、通常の10倍ほどもの料金を取る“白タク"が横行していること――ホテル前やタクシー乗り場でタクシー会社の名前を掲げて堂々と並んで客待ちをしていると思ったら、違法行為ではないそうで、被害に遭わないためには目の前にタクシーが停まっていても(たとえ同じ会社のクルマに乗るとしても)電話で呼び出さなくてはならない。そうすれば会社に記録が残るため、運転手は勝手な“ぼったくり料金"を要求できないらしい。

 旧共産主義国にありがちな腐敗の一面は、ハンガリー経済の成長を鈍らせた要素とも無関係ではない。体制転換当初は華々しかった経済成長も、外資が周辺の勤勉な国へと移動することによって止まってしまった。

 それでも、観光客にとってのブダペストは魅力的で、鈴鹿F1より長い歴史を誇るハンガリーGPは成功例のひとつ。夏休み時期のヨーロッパで、観光とF1観戦が無理なく両立することが最大の理由だ。ブダペストの町には宿泊施設が豊富で、供給が需要を上回るためホテル代も暴騰しない。ファンも関係者も同じように町に宿泊し、20㎞ほど郊外に離れたサーキットに通う。ドライバーが宿泊するホテルの前には、朝夕、声援を送るファンの姿が数多く見られて楽しい雰囲気。サーキット周辺には、見事なほど様々な国のナンバーをつけたクルマが集まる。フィンランドとハンガリーが同じフン族の国というのは異説があるとしても“感覚的に近い"とのことで、とりわけフィンランドからやって来るファンが多いことも特徴――クルマ移動は無理なので、ヘルシンキからはF1観戦のための特別便が飛ぶようになった。

 1986年、世界で初めて“F1のために"建設されたサーキットは、短いストレート、メリハリなく続くコーナー、狭いコース幅……と、オーバーテイクを不可能にするレイアウトがドライバーたちに不評だった。年間を通してF1以外ではほとんど使用されないため、走行が始まってからもラインを外れると極端に滑りやすいこともオーバーテイクを難しくする一因だ。周辺の森を伐採してアクアパークを建設したため、砂埃という悪条件がさらに深刻になった。

 ところがF1マシンの空力が発達するにつれて、ドライバーの間でもハンガロリンクの人気が上昇してきたのだから不思議。以前は「やたらとコーナーが多いし、抜けないし、暑いし」と不人気だったのが、今では「このコースが好きなドライバーと嫌いなドライバーと、半々だよね」と言われるまでになった。ダウンフォースの向上によって、コーナーが連続するセクター2は「楽しい区間」へと変化。熱帯雨林のマレーシアや夜のシンガポールでもF1が走るようになると、ハンガロリンクの暑さはドライバーにとって大問題とはならない。

 ストレートの短いレイアウトでは、メルセデス・パワーユニットのアドバンテージが小さくなる。ダウンフォースサーキットは、レッドブルの得意とするところ――コース全体は平均速度が190km/h以下と低速でも、モナコと違って意外と中速コーナーが多いレイアウトでは、空力性能が活きてくる。ルノーのパワーユニットも着実に進歩してきている……メルセデスふたりの勝負にレッドブルが割って入ると“抜けない"コース特性がレースに影響する。

 ホッケンハイムではブレーキに悩み続けたメルセデスにとって、FRIC禁止の影響はハンガロリンクでのほうが大きい可能性もある。中速コーナーを下り続けるセクター2はブレーキの回数が多くバランスが重要なうえ、ストレートがほとんどないレイアウトではブレーキ温度を下げるチャンスが少ないのだ。

 タイヤはホッケンハイムより1ランク硬いミディアムとソフト。週末にかけて気温が上がっていく予報は、タイヤのウォームアップに苦労するチームには朗報。1周の距離が4.381kmと短いため14というコーナー数は控え目でも、単位距離あたりのコーナー数がもっとも多いサーキットでは、いったん作動領域に入るとタイヤが冷えてしまう心配がない。逆に、タイヤ温度が上がりすぎるとクールダウンに苦労することになる。

 それでも本命は、ルイス・ハミルトン。過去7回の挑戦で4回優勝(!)という驚異的な勝率を誇っているが、とりわけ、2009年の優勝はKERS搭載車による記念すべき初勝利として特筆に値する――大半のチームがKERSを諦めたこの年、マクラーレン・メルセデスとフェラーリはシーズン最後までKERSを搭載し続けた。その威力を、曲がりくねったハンガロリンクで活かしてシーズン初勝利を飾ったのだから、ハミルトンの体内リズムとサーキットレイアウトが調和しているとしか説明できない。

 フェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンにとって、ハンガリーはF1初優勝を飾った思い出のグランプリ。アロンソは2003年、超ワイドバンクのV10を搭載したルノーで唯一の勝利を飾った。2006年、そのアロンソがウェット路面を見事に読み取って次々にオーバーテイクを披露し首位に立った後トラブルでリタイアした際に、トップを奪って初勝利につなげたのがジェンソン・バトンだった。

 ハンガリーGPの優勝経験があるのは、ハミルトン、バトン、アロンソ、そしてキミ・ライコネンの4人。マシン性能どおりにはいかないハンガロリンク。ダウンフォースが削減された今年のF1で誰がこのコースを楽しめるか――オーバーテイクは難しくとも、ドライバーのスキルが結果に表れるグランプリでもある。 
(今宮雅子)