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「日本人は訴訟を好まないという話は歴史的にみると大変おかしい」(司法シンポ7)

2014年07月22日 13:21  弁護士ドットコム

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日弁連などが開いたシンポジウム「いま司法は国民の期待にこたえているか」(6月20日)には、大学教授や経営者、政治家など各界の論者が登壇して、それぞれが考える「民事司法の課題」を語った。


【関連記事:訴訟はつまらなくない――柴山衆院議員が「法教育充実」を訴える(司法シンポ報告6)】


日弁連の民事司法改革推進本部本部長代行をつとめる中本和洋弁護士は、民事裁判が利用されるためには、「権利・義務に関する情報が行き渡っていること」「司法へのアクセスが確保されていること」「十分な権利救済」の3つの要素が必要だとして、法教育の充実や司法予算の増額など、さまざまな改革を訴えた。


●紛争があるのに「裁判」は少ない

日本の国民一人当たりの裁判件数は、諸外国と比べて8分の1から3分の1と言われています。これは2009年の一審の地裁事件と簡裁事件数の合計90万件を基準に諸外国と比べた数字です。2013年には60万件を割っているため、諸外国ともっと開きが出てきているでしょう。


日本の地裁で一年間に起こる民事裁判の件数は2009年がピークで、23万件余りでした。これはその後ずっと減り続け、2013年には15万件を割りました。2009年に14万件あった「過払い金返還訴訟」がどんどん減って、2013年に6万件まで減少したことが要因です。それ以外の通常の事件は9万件くらいで、10数年間全く変わっていません。


一方、日本の弁護士の人口はこの10数年間で1万5千人増え、3万5千人になっています。弁護士の人口が急増しているのに、裁判件数が増えないのは、あまり例がないです。これは何が原因なのでしょうか。


日本の民事紛争は決して減っているわけではありません。2013年には940万人が消費者被害にあっており、被害総額5兆7千億円という消費者庁の報告があります。


交通事故は毎年70万件。離婚は毎年25万件近く起こっており、決して諸外国と比較して民事紛争が少ないというわけではありません。


●江戸時代には「訴え」が多かった

かつて、日本人は「和を以て貴しとなす」で、訴訟をあまり好まないのだと言われていました。しかし、歴史的に見るとこの話は大変おかしいのです。


たとえば、1718年、大岡越前守が江戸町奉行しているときに、江戸の人口は50万人いたのですが、年間数万件も訴えがありました。


日本人というのは、昔から白黒つけない民族ではないはずなのです。


●訴訟が起こりやすくなる「3つ」の要素

裁判の件数に影響を与えるのは、意識面ではなくて、裁判を支える「制度面」に重要な要素があるということが、いまでは定説となっております。


ワシントン大学のジョン・ヘイリー教授が、1978年に『訴訟嫌いの神話』という論文の中で、訴訟が起こりやすくなる要素は三つあると述べております。


1番目は、権利・義務に関して十分な情報が行き渡っていること。


2番目に、司法アクセスが拡充されていること。


3番目に、権利救済が十分であること。


司法アクセスが拡充されているとは、いろいろな所に裁判所があって、訴訟費用についてもそれほど負担にならないということです。それから、3つ目も大きいですが、権利救済が十分にできるということです。


この3つの要素があると裁判は増えるといわれています。ちなみに、過払い金返還訴訟というのは、この3つがピタッと当てはまっています。ですから、裁判が増えたわけです。


ほかの分野は、この3つの要素が欠けているのではないかと思います。この3つの要素が不十分なために、裁判が利用されずに、権利救済をあきらめている人が多くいるという実態になっているのではないかと思います。


民事司法の改革の多くの課題は、この3つの要素の拡充を基本とするものです。


●「法教育が大事」

まず、民事裁判を利用しやすくするためには、第一に権利・義務の情報が行き渡るようにしなくてはなりません。


消費者被害を受けた人が、自分が被害者であることを知らなかったり、初めから被害救済をあきらめていて誰にも相談しない、というような状況を改善するには、学生に対する、あるいは市民に対する法教育を充実させることが必要です。また裁判所・弁護士情報を常に提供できる充実化が必要です。


●「訴訟費用の変革」が必要

二つ目に司法アクセスですが、訴訟費用のせいで裁判をあきらめる人とか、あるいは弁護士に依頼しないで本人で申し立てる人がいます。


たとえば、全地裁の既済事件の約2割で、原告・被告どちらにも弁護士がついていません。また、家事事件においては6割以上の事件で、本人が申し立てをしております。


これは結局、訴訟費用の問題で、この訴訟費用の負担の改革・改善が、司法アクセスを充実させるために最も大切なことです。


具体的にいうと、日本の印紙代は非常に高いです。これを安くする、また一定にするという必要があります。


また、弁護士費用についても、改革が必要です。


現在日本では依頼者が約9負担していますが、諸外国ではそうではありません。民事扶助の予算が充実していたり、ヨーロッパでは弁護士費用を保険でまかなう制度がとても充実しております。


弁護士保険が進んでいるヨーロッパでは、弁護士費用の報酬は保険会社の支払いが3分の1以上、つまり弁護士の受け取る金額の3分の1以上は保険でまなかわれているという国もあります。


日本ではこのような改革も遅れていますので、早急にそのような保険の開発が必要です。これについては日弁連も協力しながら現在やっております。


●「損害額が低い」という問題

三つ目の問題ですが、権利を救済してもらうためには、勝訴する必要があります。しかし、勝つための証拠が十分に手に入らないという実情があります。なんとか、証拠収集制度の拡充をしなければならないです。


また、損害と認定される金額が低く、勝訴しても赤字になるというケースもあります。たとえば、ある名誉毀損の訴訟で、東京地裁はわずか15万円の判決を出しています。15万円で、本当に訴訟をやる気になるのかということです。英国の名誉毀損の平均認容額は1600万円で、日本は100万円~200万円であり、まるっきり違います。


また、判決をもらっても執行できないという問題もあります。判決文が紙切れのままであることが非常に多いのです。


裁判を頼りがいのあるものにするには、このような証拠収集の拡充であるとか、損害賠償の執行制度の改革を含む、十分な権利救済制度の実現が急務です。


●家裁に人が足りない

家庭裁判所もまた、特別な事情があります。家事事件はいま、年間80万件くらいに増えてきています。ところが、それに対応する人、つまり裁判官や書記官、設備が不足しております。


たとえば、私の経験ですと、成年後見の申し立てをしても、その申し立ての面談期日が2カ月先になる。記録謄写に1カ月かかることがありました。


つまり、これは人がいないからで、このような人的・物的施設の充実が家庭裁判所では最も必要なことになっております。


●国民は「行政訴訟」を諦めている

また、行政事件についても、国民・市民の不満が本当は多いわけです。たとえば、行政相談件数であるとか、不服申し立て件数は年間20万件くらいにのぼっています。その一方、行政事件の訴訟提起数は、なんと年間2000件位しかないのです。ドイツの50万件と比べても、これはなんと低い数字なのでしょうか。


日本の行政裁判では、原告となる資格がないとして却下されるケースが2割くらいに当たります。そのうえ、行政裁量が大きいという特徴があり、行政裁量の範囲内ということで結局負けてしまいます。原告の勝訴率はなんと1割くらいしかないのです。


このような実情によって、行政訴訟をやることを国民があきらめているのです。


●「司法予算の増額を」

それから、予算の問題も大きい。あらゆる地域ですべての人が平等な司法サービスを受けるためには、司法予算を拡充することが急務です。


平成25年度の司法予算は3000億円を割っていて、国家予算のわずか0.3%。そのほとんどは人件費に充てられています。このようなわずかな国家予算の中で裁判所は運営されています。裁判官の増員であるとか、裁判所の充実をはじめとする人的・物的整備をするには、国家予算を増やす必要があります。


最後に、国際的な紛争への対応も、日本の司法制度はずいぶん遅れていると思います。国際紛争は多発していますが、日本の国際商事仲裁の申し立ては、年間20件程度しかありません。


韓国は年間300件近いですし、香港などアジアでもこのような国際紛争を扱っている所では、年間数百件あるわけです。日本での申し立てが少ない原因は、制度の問題と言わざるをえません。こうした問題についても緊急の対応が迫られています。


(弁護士ドットコム トピックス)