ホッケンハイムはビールが美味しい。山間部のニュルブルクリンクは寒風が吹くことも多いが、ここは晴天に恵まれると30℃を超える――キャンプサイトのファンもTシャツ&短パン、バーベキューにビール!と、日本人の目にもわかりやすく楽しさが伝わってくる。旧コースの時代には、ホッケンとブダペストは“ヨーロッパのイメージ"に反して、暑苦しいほどの気候に見舞われる2戦だった。ドイツのおじさんたちはお腹の底から発声する。若者はチアホンが大好き。スタジアムの観客席は“音的"にも暑い。ホテルに戻ると部屋に冷房がない場合もあるため、その印象が週末を通して持続する。
高速の旧コースでは、ストレートで酷使されたエンジンがピットストップ中にオーバーヒートして、コースイン直後に壊れるというトラブルも頻繁だった。ところが隔年開催の最近は、2008年、2010年、2012年と雨がらみの冷たい気候が続いた。もともとゲリラ的な雨が降りやすい地域ではあるけれど、週末を通して肌寒いホッケンハイムは旧コースの時代にはなかった記憶――21世紀に入って、地球温暖化の影響はこんなところにも表れる。
その意味で、猛暑が予想されるこの週末は久しぶりにホッケンハイムらしさが戻ってくる。そして新しいパワーユニットを搭載した2014年のF1にとっては、暑さへの挑戦がさらに苛酷になる。今のところ、天気予報では猛暑のピークは土曜日。日曜からは若干気温が下がり雨の可能性も出ているため、2年ぶりのサーキットに挑むチームの仕事はさらに複雑になる。
加えて、イギリスGP後には突然、FRICがレギュレーション違反であるという通達がなされた。全チームの合意があればFRIC禁止は2015年まで見送るというチャーリー・ホワイティングの通達であったが、全チームの合意が得られた気配はない。マシンのライドハイトを一定に保ち優れた空力効果を維持するFRICというシステムは、タイヤの摩耗を抑えるうえでも非常に有効――そのシステムを奪われたハンデは、FRICの効果を得ていたマシンほど大きくなる。2006年、同じホッケンハイムで突然マスダンパーを奪われたルノー・チームはラップタイムで0.4秒ほどを失った。
FRICをもっとも進化させたのがメルセデス・ワークスだと考えると、他チームとの差は若干詰まるかもしれない。ただしコースレイアウトはメルセデスに有利な全開率の高いパワーサーキット。FRICを外すことによる懸念はラップタイムよりもロングランの際のタイヤの摩耗、性能低下にある。F1タイヤがピレリになって以来、ホッケンハイムで初めてソフト/スーパーソフトが投入されるのもメルセデスにとって事態を複雑にする要素――去年のミディアム/ソフト程度の軟らかさであるから、これはメルセデスにとってハンデというより、アドバンテージが小さくなると言えるかもしれない。他チームが抱えていた“硬すぎて作動しない=グリップしないまま摩耗が進む"というハンデが解消される可能性があるからだ。
それ以上に、メルセデスが注意しているのはパワーユニットの熱対策であるはず。モントリオールで2台がほぼ同時にMGUKを失った問題を見ても、圧倒的なメルセデスでさえパワーユニットをフルに使うサーキットでの信頼性確保は容易ではないうえ、イギリスGP後はニコ・ロズベルグを襲ったギヤボックス・トラブルの問題解決にも追われた。
言うまでもなくドイツGPはメルセデスにとって最重点GPで、ここは確実に1-2フィニッシュを飾りたい。彼らのパフォーマンスが落ちるのではなく、彼らがパフォーマンスを抑えてより慎重に戦うことによってチーム間の差が接近する可能性はある。
興味深いのは他のメルセデス勢。好調なウイリアムズに対して、中~低速コーナーを含むホッケンハイムのレイアウトはフォース・インディアにより適している。路面温度が上がり、タイヤがソフト/スーパーソフトとなると、フォース・インディアはさらに速さを増すはずで、選手権4位争いはシルバーストンよりも接近戦になる。日曜日がミックスウェザーになれば……ウイリアムズ、フォース・インディア、マクラーレンの3チームの混戦は結果が予想できない。
そしてレッドブルももちろん――ストレート速度においてはハンデがあっても、インフィールドセクションはコース図から想像するほど低速ではなく、彼らの長所が十分に活かされる。安定した速さを誇るダニエル・リカルドはストレート以外でオーバーテイクを創造してくるであろうし、地元GPを迎えるセバスチャン・ベッテルがトラックリミットぎりぎりまで攻めるドライビングも楽しみ。
そして、シルバーストンでベッテルと壮大なサイド・バイ・サイドを展開したフェルナンド・アロンソは、ホッケンハイム3勝の実績を誇る。2010年、2012年の覇者でもある。予選でタイヤが上手く作動し、レースがミックスウェザーになれば……2012年、雨の予選で得たポールポジションを勝利につなげたアロンソの、チームへの無線が思い出される。「ピットウォールとガレージは僕よりハラハラしていると思うけど、みんな落ち着いて!」……と、それぞれの長所が次々浮かんで予想がつかなくなるのがホッケンハイムの面白いところ。小林可夢偉も、2012年のドイツGPで4位入賞を飾った実力者だ。
森に囲まれた孤独な区間を走った後、アジップ・コーナーを抜けるとスタジアムの大歓声が待っている。コースは改修されても、スタジアムは健在。ドライバーにとって特有のメリハリを備えたクラシックGPでもある。
(今宮雅子)