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フェイスブックが実施したユーザー70万人の「心理実験」 日本でやったら違法か?

2014年07月16日 15:21  弁護士ドットコム

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SNS大手のフェイスブックが約70万人のユーザーを対象に、大規模な心理実験を行っていたことが発覚し、COOのシェリル・サンドバーグ氏が謝罪する事態に発展した。


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同社によると、問題となった実験は2012年に行われた。フェイスブックの画面(ニュースフィード)に表示される記事を意図的に操作して、それがユーザーの行動にどのような影響を与えるかを調査した。実験対象のユーザーに許諾は得ていなかったという。



もし、日本で同様のことが行われたら、「実験は違法だ!」と言えるのだろうか。また、ユーザーは運営会社を訴えることができるのだろうか。個人情報問題にくわしい石井邦尚弁護士に聞いた。



●「ユーザーの同意」はあったのか?


そもそもこの実験は、どこが問題なのだろうか。



「二つの観点から検討できると思います。一つは、(1)実験データの収集や取扱いが個人情報保護法に違反するのではないかという点。もう一つは(2)実験の手法が、民法上の『不法行為』に該当するのではないかという点です」



このように石井弁護士は説明する。まず、個人情報保護法の観点でみると、どうだろうか。



「前提を確認すると、事前に利用者が同意を与えていたと法的に評価できる場合、そもそも今回の件は問題になりません」



フェイスブックの規約には、「Facebookが受け取る情報の用途」として、「・・・データ分析、テスト、調査、サービスの向上等の内部運用」と書いてある。ユーザーがこの規約に同意していたら、今回の実験についても「同意があった」とみなされるのだろうか?



「規約の文言に、今回の実験についてまで含まれていると評価できるかは疑問が残ります。実験の内容からして、規約の抽象的な文言ではなく、より具体的な内容への同意が必要ではないかと私は考えています。



仮に、フェイスブックの規約の文言に、今回の実験への同意が含まれると評価できるとしましょう。その場合でも、利用者の感情に影響を与えるような実験も含めて広く同意をするという条項は、『消費者の利益を一方的に害する』条項と評価される可能性が高いと思われます。そうした条項は無効とされますから(消費者契約法10条)、やはり同意を得ていないということになります」



●「個人情報」にあたるのか?


ところで、今回集められたような情報は、「個人情報」になるのだろうか?



「個人情報保護法で保護される『個人情報』といえるには、特定の個人を識別できることが必要です。問題の実験は、ニュースフィード上の表示内容が個人の感情に与える影響を調査したということですから、少なとも情報を収集する段階では、それが『個人情報』に該当することはまず間違いないと思われます。



研究段階では、特定個人を識別できない統計データとして利用されているかもしれませんが、少なくとも収集の段階では、個人情報です。



同意なく利用目的範囲外の個人情報を取得したか、不正な手段で個人情報を取得した(個人情報保護法17条)となれば、それは違法と考えられます」



石井弁護士はこのように述べる。そのうえで、「もっとも、今回のようなケースに対する抑止効果があるかと言えば、それは疑問です」とつけ加えた。なぜ、そう言えるのだろうか。



「日本の個人情報保護法では、主務大臣が出した実験の中止命令などに従わなかった場合に、はじめて罰則が適用される仕組みになっているからです(34条、56条)」



●同意なしに「科学実験」はできない


石井弁護士が、もう一つ指摘するのが、「民法上の不法行為」に該当するかもしれないという点だ。どうしてそう考えるのだろうか?



「私は裁判となった場合に、民法上の不法行為に該当すると判断される可能性は十分にあると考えています。



本件のようなケースに参考となるような裁判例は思い浮かびませんが、今回のケースは、単に個人情報保護法に違反するような形で個人情報を収集したケースと異なります。



今回の実験では、『ニュースフィード上の表示内容により個人の感情が影響を受ける』という仮説を立て、それを検証するために表示を操作しています。そして実際に影響を受けて、異なる感情の状態になっているわけですね」



つまり、どういうことだろうか?



「これは、ある種の科学実験と考えられます。こうした科学実験の被験者に対しては通常、実験の内容を十分に説明し、同意を得ることが求められます。



例えば、『人体には100%無害であるが、気分が少し落ち込む』という薬を本人の同意なしに飲ませて実験をしたとしましょう。この場合、『人体に無害だから問題はない』という人は少ないはずです。



薬という物理的な作用は介していないにせよ、人為的な操作により感情を変化させるという実験には、やはり被験者に対する十分な説明と同意が必要です。それが欠ける場合は不法行為に該当しうると、私は考えています」



それでは、実際に訴訟となったとしたら、勝訴の見込みは十分にある?



「それはまた別の問題です。不法行為を裁判所に認定してもらうには、自分が被験者となったということの立証や、損害の立証、さらには、フェイスブックの行為と損害との因果関係の立証などが必要です。こうした立証のハードルは極めて高いでしょう。



場合によっては、フェイスブック自身が、もはや誰が被験者となったかを特定できないような形でしか、データを残していない可能性もあります。



さらに、損害についても、日本の民法は実際に生じた損害を賠償するというのが基本です。報道されている今回の実験の内容からすると、あまり高額の損害賠償は期待できないと思われます」


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
石井 邦尚(いしい・くにひさ)弁護士
1972年生まれ。専門は企業法務。
小5ではじめてコンピュータを知ったときの驚きと興奮が忘れられず、IT好きがこうじて、IT関連の法務を特に専門としている。著書に「ビジネスマンと法律実務家のためのIT法入門」(民事法研究会)など。東京大学法学部卒、コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒
事務所名:カクイ法律事務所
事務所URL:http://www.kakuilaw.jp