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百害あって一利なし!? 日本の刑事事件に「司法取引」を導入したら何が起きるのか?

2014年07月14日 18:01  弁護士ドットコム

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ボスがやったと証言するなら、起訴は見逃してやる――。海外の刑事ドラマで見かけるこんなやりとりが、日本でも行われるようになるかもしれない。法制審議会の「新時代の刑事司法制度」特別部会がこのほど、「司法取引」を導入するという審議結果をまとめたからだ。法務省は、来年の通常国会に「法案」として提出する見込みだ。


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日本で導入されようとしている「司法取引」は、容疑者や被告人が「他人の犯罪」について供述・証言する見返りに、検察官が処分を軽くするという内容だ。欧米で採用されている制度だが、日本はこれまで導入していなかった。



この「司法取引」とは、いったいどんな制度なのだろうか。どんなメリット・デメリットがあるのだろうか。刑事司法にくわしい小笠原基也弁護士に聞いた。



●「ウソの供述」による「冤罪」の可能性も・・・


「司法取引は、被疑者・被告人と検察官が当事者となって行う取引です。被疑者や被告人が『他人の犯罪』について、捜査や法廷での証言に協力する。検察官はその見返りとして、求刑を軽くしたり、起訴をしないという合意をするのです」



このように、小笠原弁護士は説明する。



今回の審議結果だと、この司法取引を適用できる犯罪は、薬物・銃器犯や汚職、脱税、振り込め詐欺など一定の犯罪に限る。さらに、検察官・被疑者(被告人)と弁護士の3者が合意することも、条件にしている。



これは、どんなメリットがある制度なのだろうか?



「捜査側には、犯罪に関与した人たちから、証拠を集めやすくなるというメリットがあります。また、被疑者・被告人には、協力の見返りに刑事処分を受けなかったり、軽くしてもらえるというメリットがあります。



しかし、こうした司法取引は、『ウソの供述』や『冤罪』を発生させるおそれがあります。これは、極めて大きな問題です」



具体的には、どんな問題が発生するのだろうか?



「たとえば、最初に捕まった人が、自分の刑事責任を軽くするために、犯行をしていない人を犯罪者として告発したり――これを『引っ張り込み』といいます――関与が薄い人を主犯に仕立て上げたりする危険性があります」



●「取り調べの可視化」が先


しかし、海外では導入されているのだから、制度自体はアリなのでは?



「実は取り調べ可視化などの手続保障が整備されたアメリカなどの海外でも、そのような危険性が指摘されています。日本の刑事司法においては、被疑者の身柄を長期間拘束して、密室で取り調べるという根深い欠点があります。そこからすれば、『虚偽の供述』や『冤罪』が発生する危険は、他国に比べて、極めて大きくなります。



そもそも、『新時代の刑事司法制度』を検討することになったのは、志布志事件、氷見事件、足利事件、袴田事件などの冤罪事件を起こしてしまった反省・・・。つまり、自白や供述証拠の偏重による、冤罪事件の発生を防ぐためだったはずです。司法取引は、これとは真逆に、自白や供述証拠をこれまで以上に偏重するものです。



司法取引は、『告発する側』を守るルールと『告発される側』を守るルールを定めて、初めて肯定されるものです。しかし、今回の改革では、取り調べの可視化の範囲が極めて限定されるなど、後者があまりにも不十分な内容です。それにもかかわらず、司法取引を導入することは、『百害あって一利なし』です」



小笠原弁護士はこのように強調したうえで、「司法取引は、いかに、隠れた悪事を明らかにするためとはいえ、他の犯罪を見逃したり、軽い処罰にしていいのかという、倫理・道徳的な問題もあります。そのような制度が、我が国の正義の理念や法風土に合致するかどうかについて、法制審議会だけではなく、広く国民的な議論が必要だと思います」と話していた。


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会委員
事務所名:もりおか法律事務所