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【イギリスGPプレビュー】“聖地”で問われる新生F1のアイデンティティ

2014年07月03日 18:00  AUTOSPORT web

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レースはメルセデス圧倒的有利の状況だが、中高速コースに強いレッドブルがどこまで追いすがることができるか
世界中のどのグランプリにも、必ず長所と短所がある。たとえばモナコGPのコースには様々な意味で歴史的価値があり、新しいファンがテレビで観戦する場合にも、周りの風景だけでコーナーを認識するのが簡単。市街地コースを囲む建造物も美しい。コースは低速でも、ウォールが迫っている分だけドライバーたちはスピード感を味わえて「充分にエキサイティング」だと言う。

 反面「モナコGPを生で観たい!」と熱心なファンが訪れるには、

1.サーキットのファシリティに対してチケットが高価すぎる。
2.“市街地"であるのに宿泊施設が限られていて周辺の南仏のホテルも暴騰し、一般のファンには2戦分以上のコストがかかる。

 テレビ的には素晴らしくても、コストパフォーマンスを考えると“伝統"だけでF1観戦がこんなに高価になるのかと、首を傾げたくなる一面もあるのだ。

 シルバーストンも伝統のサーキットで、数々の改修を重ねてきても中~高速コーナーを維持している点にイギリスの“レース精神"が表れる。そこに集まるファンはF1だけでなく様々なカテゴリーのモータースポーツに精通していて、それだけに、悪天候も寒風も厭わず、年に一度の“ブリティッシュ・グランプリ"を楽しみにしている。F1チームの大半が近隣にベースを置いているため、関係者にとってはチームメンバーの家族がたくさん集まるホーム・グランプリでもある。曇り空の下でも、サーキットを包む空気はとても温かい。

 ただし、コインの裏は――おそらく鈴鹿と並んで、世界で一番“国外からの観戦"が少ないグランプリでもある。鈴鹿の場合は地理的に“モータースポーツ文化を備えた国"から遠く離れているという理由があるとして、伝統のシルバーストンに何故ヨーロッパ大陸からファンがやって来ないのかと考えると、

1.天候条件が悪い(実はロンドンよりはるかに寒いのです)。
2.宿泊施設が足りないためホテル代が暴騰する(堂々と“三ツ星"“四つ星"を掲げていても、気温が10℃以下になっても暖房が使えない……等々、世界的なホテル・サービスの基準で考えると理不尽)。それが我慢できないならキャンプ生活しかなく、寒風の下でそんなことをしたらイギリス人以外は全員が風邪をひく。
3.天候は富士スピードウェイ同様に運次第なのに、オーガナイザーは悪天候に対する備えをいっこうに改善せず、大雨が降ると駐車場が泥沼になり大混乱が発生するため、平気で「チケット代は払い戻しますから、サーキットには来ないでください」とアナウンスする。
 大陸側の関係者の間では「こんなにファンを馬鹿にした態度は、イギリス以外の国では通用しないよね」というのが共通概念。
 

 F1界はファンに対するサービスを向上しようと様々な議論を繰り返しているけれど、実は“モータスポーツ・ファンの質実剛健"に対する甘えと“タブロイド的話題"が混在した英国中心の論法で議論が進められていること自体、もしかしたら事態をどんどん複雑にして、他国のファンにとってF1を分かり辛くしているのかもしれない。シルバーストンの2011年からの施設では無駄にピットロードを掘り下げたため、ピット正面スタンドのお客さんからもピットロード出口に近いチームのタイヤ交換は一切、見えない。何のために……? ジェンソン・バトンのトラブルがピットで発生したというのに、正面スタンドのファンからは何も見えなかったなんて……!

 ファンには関係のない話題で申し訳ないのですが、現状を加えるなら、シルバーストンご自慢の“新ピットビルディング"のメディアセンターはピットの上階にあるにも拘わらずピット/コース側に一切、窓がないという暗闇の作りになっていて、TVコメンタリーブースからもピットがまったく見えない珍しい施設――もちろん、各国のテレビ局はこの造りに激怒している。現場まで来ているのに“FOMの映像だけで解説しろって言うのか?"と。些末なエピソードとしては、毎年、日曜夜になるとメディアセンターの一部の天井から突然、バケツをひっくり返したような水が降ってくる。毎年、場所が微妙に異なるためロシアン・ルーレットのような状態で、運悪く真下にいたジャーナリストは悲鳴を上げた後、身を挺してパソコンを守り、携帯だとかタブレットだとかいろんなものを持って緊急避難する……新ピットビルディングなのに。
 
 だから、伝統のイギリスGPに対する感情は50/50で、気持ちを支えてくれるのはファンと高速コーナー。マゴッツ‐ベケッツ‐チャペルをF1マシンが200km/h以上のスピードで駆け抜けるさまは早送りの映像に似ていて“これぞ空力!"。ダウンフォースが大幅に削減されたF1がこの区間をどんな風に抜けていくのかは、今年の注目点のひとつだ。

 空力コースだと考えると、メルセデス・ワークスに対するレッドブルの差も若干は詰まるはず。ストレートが均等に配分されているコースでは、最高速不足はさほどハンデとならなない。ただし、ここ数戦のメルセデスのギリギリ感はおそらくエネルギー回生システムの“熱"によるものなので、ストレートが長すぎず天候的にも暑くはならない条件ではシーズン序盤のアドバンテージが戻ってくる可能性もある。

 そして、前戦レッドブルリンクと決定的に異なるのは、スーパーソフト/ソフトではなくミディアム/ハードのタイヤが投入されること。路面温度45~47℃のレッドブルリンクでスーパーソフトが作動しないのに、路面が20℃台になるかもしれないシルバーストンで“ハード"が作動するとは思えない。たとえば今年のフェラーリにとって中~高速コーナーはハンデではないのに“超ハード"と“本当はハードなミディアム"が投入されるとバルセロナのように苦戦する。元来、F1タイヤは路面温度よりもコーナーでの負荷によって作動領域までウォームアップするものだけれど、ピレリの場合はそうはならないので、日射がなければ路面温度が上がらず、大半のチームが“作動しないタイヤ"で滑るために摩耗するというスパイラルに悩まされる可能性もある。

 いずれにしてもここまでの8戦で驚くべきは「完走できないんじゃないか」と言われていた2014年パワーユニットが普通に作動して、リタイア率が予想よりずっと低いこと――この点に関しては本当に、2014年パワーユニットに関わったすべてのエンジニアに敬意を表さなければならない。自動車メーカー主導(とFIA)を嫌うエクレストンがパワーユニットに関して「音に迫力がない」と批判し続けているけれど、77年のこのグランプリでF1史上初のルノーターボの参戦を経験し、88年にアイルトン・セナが初タイトルを獲得したMP4/4+ホンダV6ターボも見て、あるいは聞いて知っているイギリスのファンがどんなふうに感じるか?というところが、興味深いイギリスGPでもある。
(今宮雅子)