エリック・ホッファー自伝―構想された真実
エリックフォッファーって知ってる? たぶん日本じゃあんまり知名度はないと思うけど、アメリカの有名な社会学者なんだ。この人すごいのである。なにがすごいって、フリーター歴65年。65年だぞ・・・。しかもモラトリアム。いやもう、モラトリアムとかそんな生易しい言葉でおさまらない。もう行く先々をさまよい、好きなことをやりながら、生涯をまっとうした、モラトリアムの権化、怪物なんだ。
どのぐらいモラトリアムなのか。とにかく能天気だ。まず18のときに両親が他界。天涯孤独に。
どう考えてもやばい状況である。ところがフォッファー、「カリフォルニアに行こう!」と決意。その理由は「ミカンがいっぱい食べれそうだから」っていう、もう動機から、何から、能天気すぎてやばいのである。
将来に対する不安とか、まったくなかったらしい。そこから誰も知らない土地を点々、おなかがすいたらレストランにおもむき、皿洗いをするから飯をくれ!と要求。そこでハローワークを紹介され、フリーター生活をしはじめるフォッファー。仕事のあいまに読書をし、気ままなフリーターライフを満喫するのである。
ところがあるとき、めんどくせ・・・ってなったフォッファー。28歳のときに仕事もやめ、ただのニートになる。
罪悪感もなければ、不安も感じなかった(P26)
相変わらず能天気である。
ニートとなり、本を読んだり、思索にふけったりして、モラトリアムを満喫するフォッファー。
ところがあるとき、「オレ将来どうなんの、やばくね?」と思ったらしい。
遅すぎだろう・・・。
このまま金がなくなったらまた働かなくちゃなんないし、そんな生活がずっと続くのかぁ・・・イヤだなぁ、と思ったフォッファー
なにをするかというと、なんと「自殺しよう」と思い立つ。極端すぎるフォッファー。
さっそく実行にうつそうとするが、これが失敗。
フォッファー、そこから気持ちをいれかえ、スナフキンみたいになり、ナップザックと寝袋でいろんな都市を放浪。バックパッカー型自分探しフリーターへと進化を遂げる。
そこからいろんな都市をめぐりアルバイトをしながら好きな本を読み、独学で学問にはげむ日々。
あるとき、バイト先で大学の教授と知り合い、ドイツ語がしゃべれるという能力をかわれ、大学の研修所で正式な職員として働きはじめるのだが、ところがフォッファー。
「私はまだ本能的にまだ落ち着くべきときではないと感じ、放浪生活に戻った」(p88)
またフリーターに戻っちゃうのである。
おそろしいほどのモラトリアムである・・・。
またあるときは、町で知り合った女子大生といい感じになって、「あなたはきっと大学で才能を生かすべきだわ」とその女の子から言われて、はじめは、そうかなぁ・・・みたいなフォッファーだったんだけど、やっぱり「私は一刻も早く行動を起こして、放浪生活に戻らなければならなかった」とすぐ、どっかいっちゃう。安定というものから、逃げ続けるフォッファー。モラトリアムの怪物である。
49歳になって、出版社に送った原稿がもとでデビュー。65歳でやっとブームするまで、ずーっとフリーターとして生き続けたフォッファー。
ちなみにフォッファーの「仕事観」は、ひじょうにシンプルだ。
・まず仕事はクソ。これが大前提。
・産業社会においては、ほとんどの仕事が無意味。だから仕事に意味や価値を求めないこと。
・でも一人で鬱屈としているより、働いてるときのほうがいい創作のアイデアが浮かんだりするから、働くのもあんがい悪くはない。
・それでも一日6時間。週5日以上は、絶対働かない。
・仕事にあとにする(好きなこと)が人間にとっても最も重要な仕事。
こういう仕事観にしたがうと「フリーター」という道を選ばざるを得なくなるわけですな。
これって今の現代の夢追い方フリーターとまったく一緒の考え方じゃないだろうか・・・。
適度に働きながら好きなことをする。クリエイティブフリーターの元祖というべき、フォッファーの生き方。
いや本気で、今の自分(ニート)と照らし合わせても、フォッファーみたいな生き方ができないだろうかと、真剣に考えてしまうのである。
ドリー(秋田俊太郎)
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