「OKダニエル、前のクルマに追い付いてきているぞ。前の3台が繋がっているから、面白い展開になりそうだ」
24周目、ダニエル・リカルドの担当レースエンジニアであるサイモン・レニーが無線で伝えた。まだピットストップを終えていないニコ・ヒュルケンベルグにセバスチャン・ベッテルとバルテリ・ボッタスが抑え込まれ、抜けないで“トレイン"が形成されている。
実質的な3位を走っていたはずのベッテルはこれに苛立ちを隠せず、30周目を過ぎると「戦略をスマートに考えなきゃ!」とレースエンジニアのギヨーム・ロクラン(通称ロッキー)に対して何らかのリアクションを求め始めた。しかし明確な対応策を示せなかったベッテル陣営は、36周目にピットインをすると今度はセルジオ・ペレスの後ろに抑え込まれ、その翌周にピットインしたリカルドの先行も許してしまった。これは完全な戦略ミスだ。もしここでベッテルの方が前にいれば、カナダGPを制していたのはベッテルの方だったかもしれないのだ。
「最初のピットストップの後、ヒュルケンベルグを抜けなかった時点で僕のレースは終わっていたんだ。戦略上、もう少し違うことができたと思うんだけど、チームがそれをやってくれなかった。そうすれば本来のペースは引き出せたはずなのにね。そのせいで遅れてピットストップをしてダニエルにポジションを奪われたんだ」
レース後、ベッテルはリカルドの好走と初優勝を賞賛しながらも、チームへの不満を吐露した。昨年までは固い絆で結ばれていたベッテルとロッキーだが、戦略面が上手く行かないことやチームメイトを先行させるような指示が幾度もあったためか、今季に入って少しギクシャクしているようにも感じられる。
その一方でリカルド陣営は落ち着いていた。
「オーバーテイクするのに最適だと思われる場所を教えてくれ。そこに合わせてエナジーをコントロールするから」
ペレスを攻略するためにパワーユニットのマネージメントを最適化しようと、レニーがリカルドに尋ねる。フリー走行でも他のドライバーとエンジニアのコンビに比べて格段に無線での話し合いの内容が深く複雑なのがリカルドとレニーだ。ともに英語を母国語とするというメリットもさることながら、細かなニュアンスまでお互いを理解し合おうという意志の強さが見え隠れする。
それでもなかなか追い抜きのチャンスは巡ってこず、集団の中で走り続けたことでパワーユニットの冷却が苦しくなり、レース終盤には「クルマを冷やす必要がある、できるだけスリップから出て走ってくれ」というメッセージも増えてきた。
しかし65周目の「ブレーキが壊れた!」というペレスの無線からリカルドのレースは一気に動き出す。ペレスのブレーキングポイントが手前になったのを見逃さず、リカルドは最終コーナーと1コーナーという2つのヘビーブレーキングゾーンが続く場所で見事に攻略。そしてパワーを失っていた首位ロズベルグをも抜き去って初優勝を手に入れた。
「残り15周か20周くらいのところでレースが突然変わったんだ。僕はペレスの最高速が速くて抜くのにものすごく苦労していたんだけど、最終シケインから上手く立ち上がってターン1で抜くことができてからは、目に映るターゲットはロズベルグだけだった。あとはDRSを使ってここというところで仕掛けるだけだったね」
「どんなスポーツでも、大切なのは自信を持つことだ。僕の後ろには素晴らしいチームが控えていることは分かっていたし、素晴らしい結果を挙げられると信じていた。そしてこうして初優勝を飾ることができて、本当に嬉しいよ」
戦略面でミスを犯したベッテル陣営と、細かな積み重ねで6番グリッドから逆転勝利を飾ったリカルド陣営。リカルドだけでなくレニーにとっても初優勝となり、彼もチーム代表者として表彰台に登壇した。チームメイト同士であまりにも対照的なこの結果の背後には、レースエンジニアとの信頼関係の差もあったのかもしれない。
(米家峰起)