ルイス・ハミルトンは36周目に、ニコ・ロズベルグは37周目にMGU-Kからのパワー供給を失った。“物理の法則”は、無敵だったメルセデスにも正確に――2台平等に――働いた。MGU-Kを管理するエレクトロニクスコントロールが機能しなくなったのだ。2台そろって、ラップタイムは1分19秒台から1分22秒台へと降下した。
2014年のF1は、1.6リッターV6ターボが発生するパワーと、MGU-K+MGU-Hによって回生される120kW(約160馬力)を動力とする。カナダGPのメルセデスはレース後半、回生エネルギーを失ってV6ターボの力だけで走行した。
MGU-Kが作動しないという問題は、パワーのロスだけでなく、ブレーキング時に本来回収されるべきエネルギーが回収されない――リヤの制動が突然、小型化されたブレーキパッドとキャリパーだけに任されることを意味していた。ハミルトンは46周目のヘアピンで右リヤのブレーキを失ってリタイア、ロズベルグはゴールまでこの問題と格闘することになった。
「パワーの問題は、色々な調整を行って慣れてしまえば大丈夫だった。でもブレーキのほうはずっと対処が難しかった。バランスをものすごくフロント寄りにして、フロントブレーキばかり使うことになったから、ロックを回避する方法を見出すことが必要だった」
それでもロズベルグは見事な適応能力を発揮して、70周レースの67周目まで首位の座を守った。
メルセデスPUのトラブルは開幕戦のハミルトン以来――カナダで2台に同時発生したトラブルは物理的な限界を示すと同時に、複雑なパワーユニットが驚くほど正確に管理・使用されてきたことを意味する。モントリオールはNA時代、シーズン中でもっとも多い150~160kgの燃料を消費してきたコース。MGU-KとMGU-Hの負担はこれまでの6戦より大きく、高圧の電流を大量に“采配”するMGU-Kの電子制御が根を上げた。
しかしハイブリッドパワーを奪われたロズベルグは、トラブル発生直後こそラップタイムを3秒落としたものの、ブレーキバランスに苦しみながらドライビングで対応し、1分19秒台後半~1分20秒のラップタイムを維持することに成功した。160馬力を失い、ストレート速度は落としてもこのタイム(!)――メルセデスのパワーユニットが、V6ターボだけで驚異的なエネルギー効率を実現していることが証明された。
「短時間で多くのことが起こったから、ちょっと非現実的な感じがして……」と、初優勝が嬉しくてたまらないのだけれど、信じられない様子のダニエル・リカルドが言う。
グリッドは6位、第1スティントも6位。第2スティントは1ストップ作戦のフォースインディアに抑えられて集団のなかを走行したが、リカルドにとって大切だったのは2回目のストップでバルテリ・ボッタスとセバスチャン・ベッテルをかわしたこと。“対ベッテル戦”ではステイアウトした36周目に1秒、インラップの37周目に0.9秒を稼いでチームメイトの前に出た。ニコ・ヒュルケンベルグが唯一のタイヤ交換を行ってからは、メルセデス2台とセルジオ・ペレスの後方、実質4位のポジションを走行……「ゴールまで20周くらいのところで、レースがにわかに活気づいた」
47周目にはハミルトンがブレーキトラブルでリタイア。第3スティントはずっとペレスに抑えられていたものの、フォース・インディアと一緒に首位ロズベルグとの間隔を一気に詰めた。ロズベルグは1秒前方、ストレート速度が落ちている――そんな無線が飛んだのは51周目。
「トップのニコが見えて、僕らの間にはペレスがいて。ペレスをパスすればニコを攻撃することも可能だとわかった」
ヘアピン手前のDRS検知ポイントでロズベルグから1秒以上引き離されるペレスは、DRSを作動させることができない。それでもフォース・インディアのストレート速度はレッドブルより速く、64周目までは慎重にチャンスをうかがう走行が続いた。リカルドの精神的な強さは“ペレスを抜けばロズベルグも”とわかっていて、攻め急がなかったところに現れる。何度もトライして相手のブロックにはまるより、落ち着いて観察し、必ず訪れるチャンスを待っていた。そして65周目のシケイン、BBW(ブレーキ・バイ・ワイヤ)にトラブルが発生したペレスに接近し、66周目のホームストレートで並び、1コーナーでアウトからしかけ、右前後輪をグリーンに落としながら2コーナーに向かって先行した。
リカルドの勝因は、ストレートでペレスのアウト側に並んだこと。そこからの進入速度を活かし、1コーナーだけでなく2コーナーの出口までをオーバーテイクポイントと把握していた点にある。
「1コーナーの進入は僕の方が速いとわかっていた。だからアウト側のラインが空いた瞬間、そこに入っていくだけでよかった」
オーバーテイクを知的に創造する力はチャンピオン級。ストレート速度は不足していてもボトムスピードの高いレッドブルでの攻め方を、リカルドは(シーズン序盤から)熟知している。ペレスを抜いた2周後、トップのロズベルグをバックストレートでパスするのは大きな問題ではなかった。
初優勝――チェッカー直後のひと言は「ワォ……」。そんな素直なウイナーを、“先輩”ベッテルが抱きしめた。友達だとか友達じゃないとか口にしなくとも、追う立場のチームでは結束力が強い。ベッテルの喜ぶ様子は“打倒メルセデス”への意気込みの表れでもあった。
「僕はダニエルの大ファンだから、すごく嬉しい」と祝福するのはジェンソン・バトン。リカルドの人間性と、けっして破綻しないドライビング(自損事故は13年シンガポールのみ)、フェアな戦い方(ダメージを生む接触は皆無)を、バトンが評価するのはとてもよく理解できる。彼自身、最後の数ラップで4つポジションを上げて4位入賞を果たしたのだから、機嫌が良いのも当然――
最後の20ラップは首位ロズベルグ、2位ペレス、3位リカルド、4位ベッテルまでが2秒差以内。3~4秒離れたところでは、ヒュルケンベルグがボッタス、マッサ、アロンソを抑えて走行していた。この時点では、バトンのマクラーレンはアロンソからさらに12秒後方にいたが、1分18秒台で周回を重ねて10周ほどでアロンソに追いついた。そこからは8位のポジションからチャンスをうかがった後……69周目のヘアピンでヒュルケンベルグとアロンソがもつれるようにアウトに膨らんだところを一気にパス。これで6位までポジションアップした後、最終ラップのペレス/マッサの事故によって4位に浮上した。ポジション的にもペース的にも、前を塞がれて厳しいレースだった。しかし週末をとおして感じてきたマシンの進歩が、混乱のレースを戦い抜く精神を支えた。
モントリオールが波乱の結果を生むのは、爽やかな映像とは裏腹に、サーキットが荒々しくタフだから――レースと路面を繊細につかめるドライバーが勝利する。
(今宮雅子)