2014年06月06日 19:01 弁護士ドットコム
横綱・日馬富士が碧山を破った5月中旬の大相撲夏場所の取り組みで、アクシデントが起きた。報道によると、日馬富士に「駄目押し」されて土俵の下に落ちた碧山が、年配の男性客と接触した。その結果、男性客は、救急車で病院に運ばれたという。
【関連記事:YouTubeで大流行「アナと雪の女王」口パク動画――著作権的に問題ないのか?】
こうした相撲観戦では、力士の呼吸や立合い時の音などが聞こえる土俵の近くに座ることが醍醐味の一つだろう。一方で、危険と隣り合わせでもある。特に、土俵のすぐ下にある「砂かぶり」と呼ばれる席には、土俵を割った力士がそのまま突っ込んでくるかもしれない。
もし、客席で相撲を観戦していてケガをした場合、主催者側に治療費を求めることはできるのだろうか。渡邉正昭弁護士に聞いた。
「主催者は、相撲観戦中の事故については、原則として責任を負いません。相撲競技観戦契約約款に定められています。これは、日本相撲協会のホームページでも読むことができます」
ということは、「砂かぶり」でケガをしても仕方ないと、考えなければならないのだろうか。
「そういうわけではありません。主催者に『帰責性』が認められる場合には、例外的に賠償を求めることができます。被害者は、民法709条と717条によって、主催者側の帰責性を問題とし、治療費等の損害賠償を請求することができるでしょう」
このように渡邉弁護士は説明する。
「今回のケースについて考えてみると、民法709条は、主催者の故意・過失を直接問題とするので、適用は難しいかと思われます。しかし、民法717条は、土地工作物の設置又は管理の瑕疵を問題にすれば足ります。ですから、観戦中の事故などは、一般的に717条のほうが損害賠償請求などの法的根拠とされやすい傾向があります」
スポーツの観戦席というのは、ある程度の安全対策がなされていて、観戦中も大した危険はないと、多くの人が思っているだろう。
「そうですね。ただ、十分な安全対策がされていると法的に考えられた場合であっても、何らかの事故は起こりえます。
野球観戦中にファウルボールによって負傷したケースで、民法717条の適用を否定した裁判例もあります。その判例では、観客にファウルボールが当たったものの、主催者側は十分に安全対策を取っていた、という認定をしています」
相撲の「砂かぶり」はどうだろうか。
「砂かぶりの場合は、安全設備の設置には限界がありますよね。観客が土俵を割った力士を避けることも困難です。砂かぶりは考えようによっては、プロ野球の内野席以上に危険かもしれません」
ということは、観客は危険を承知で『砂かぶり』を選んだと自己責任を問われるか、はたまた、主催者側は危険な場所なのだから、安全対策をもっと取れと責められるか。訴訟になっても、かなり意見が分かれそうだ。
「そうですね。野球観戦と相撲観戦をどの程度、同一視できるかによって、訴訟の場合の判決予測は異なってくるでしょう。
その判断には、臨場感を確保するという砂かぶりの本質的要請の重要性や、砂かぶりで観戦する観客の注意義務の程度、そして、砂かぶりの構造や観戦方法等の安全対策の合理性について、総合的に考える必要があります。
ただ、だからこそ、今回のようなケースは、裁判に至る前に、適切な協議による解決が可能な事案であるとも言えるのです」
訴訟になって話がややこしくなる前に、主催者も観客も、互いにスポーツを愛する者同士として歩み寄りたいものだ。
(弁護士ドットコム トピックス)
【取材協力弁護士】
渡邉 正昭(わたなべ・まさあき)弁護士
交渉戦略家。25年以上に亘り法的交渉や裁判外紛争解決(ADR)の問題に取り組む。相談や事件依頼は日本全国から。セカンドオピニオンや引継依頼も多い。心理学を活用した法的交渉が特徴。
事務所名:渡邉アーク総合法律事務所
事務所URL:http://www.watanabe-ark.gr.jp/