明日から走行が始まるカナダGP。モナコに続く“特殊なサーキット”では、どんな展開が予想できるだろうか。メルセデス有利な状況に変わりはないが、燃費管理が厳しいモントリオールでは思わぬ弱点が露呈するかもしれない。モナコ勝者のニコ・ロズベルグは、なぜあれほど搭載燃料を削っていたのか──? 今週末の見どころを今宮雅子氏が読み解く。
セントローレンス河に浮かぶ緑豊かな公園。時おり顔をのぞかせるマーモットやリスなどの小動物──のどかな背景のなかで開催されるカナダGPは、F1関係者の間でも人気の高いグランプリだった。フレンドリーで熱心なファンが多いこと、かつては数少ないフライアウェイのひとつとして“海外旅行気分”を味わえたことや、モントリオールという都会ではナイトクラブやバーが豊富なことも人気の理由。F1チームのファクトリーはヨーロッパでも都会から離れた静かな場所にあるため、ビルが建ち並ぶ街に夜中まで人が溢れている様子はメカニックたちにも新鮮なのだ。
しかし最近では、そんな人気も薄らいできている。最大の理由はフライアウェイの数が大幅に増えたことで、今ではヨーロッパのグランプリ数を上回る──長距離移動は珍しくなく、誰にとっても身体的な負担が大きい。現場チームの人員が削減されたことによって作業も苛酷になり、都会の夜を楽しむ機会もずっと少なくなった。
加えて、グランプリによってモントリオールの街が賑わい大きな収益をもたらしても、サーキットには還元されない──何年か前まではパドックの衛生施設が清潔とは言えず、ドライバーがトイレに行くにも困るような状態だった。メルボルンやモナコと異なって、ここではパーマネントサーキットでないことによる不便がなかなか解消されず、ストレスを生む。
カナダGPの好イメージを支えているのは、ドライバー全員に声援を送るファンの存在と、オーバーテイクが可能だという事実だ。
公園の“市街地コース”は、エスケープがなくウォールが迫った区間が大半。モナコよりはるかに高速であるため、クラッシュするとダメージも大きい。また、冬にはセントローレンス河が凍るほど寒くなる土地で舗装の傷みが激しく、軟らかいタイヤが投入されることによって走行ライン以外にはマーブルや小石が散乱する。同時に、フルコースコーションにならないとコースオフィシャルの作業が行われないという北米の特徴もある。これらの要素が合わさってセーフティカー出動の可能性が高い──2013年のようにクリーンなレースもあるが、クラッシュが繰り返されるケースも多く、1レース中のセーフティカー出動が6回という記録を持っているコースでもある。
セーフティカーの可能性を予知することはできないが、事故が起こった際にはセーフティカー先導の周回数を予想するのもレース作戦の大切な要素。オーバーテイクが可能なコースでは摩耗したタイヤで後続を抑え続けることもできないため、臨機応変にピットインのタイミングを選ぶチームの決断がレースを左右する。
ストップ&ゴーのコースではストレート速度を伸ばしたい反面、ブレーキング時の安定性とコーナー立ち上がりのトラクションを得るためにダウンフォースも必要で、そのバランスを見出すことがセットアップ作業の中心になる。ただし低速からの加速が多いレイアウトは燃料消費が大きいため、これまでのカナダGPよりもドラッグを低減し、ストレート速度を伸ばす傾向が強まるはず──ニコ・ロズベルグは「カナダには今シーズン初めて“スペシャル・ローダウンフォース・パッケージ”が投入される。新世代のハイブリッドカーで走ると、僕らは絶対的な最高速に到達するだろう」とコメントしている。
メルセデスの強さを考えても、ルイス・ハミルトンがこのコースを得意としていることを考えても、メルセデスの優位性はモナコよりずっと高くなる。ハミルトンのキーポイントは、彼特有のリズムとコースを調和させるためのブレーキングを仕上げていくこと。フリー走行では1コーナーやヘアピンでタイヤをロックしてエスケープに入るシーンもよく見られるが、これはむしろ好調の兆し──数少ない安全なコーナーを使って限界を探り、ブレーキングの精度を高めてくる。ブレーキ・バイ・ワイヤが採用された今年は、この作業がさらに大切になるはずだ。
メルセデス勢はワークスだけでなく、フォース・インディアやウイリアムズも好調が予想される。マクラーレンも、レースではポジションを上げてくる可能性が大きい。レイアウト的にはオーバーテイクが可能でも、彼らに先行されるとルノー勢やフェラーリ勢には厳しい。それでも、シーズン序盤の遅れを取り戻したルノーはさらにアップデートを加えて予定のプロセスを完成──「今シーズン初めて、自分たちの競争力を100%試せる機会になる」と言う。最高速も重要だが、ラップタイムを短縮するにはヘアピンとシケインからの加速がそれ以上に重要になるというのが、ルノーの見解。タイヤ性能を維持することによってストップの回数が異なってくる場合には、レッドブル、とくにダニエル・リカルドのタイヤ管理能力が有効になる。
大きなブレーキングがあると言っても、実はコーナー数の少ないジル・ビルヌーヴ・サーキット。MGU-Kのキャパシティ次第では運動エネルギーの回収に限界があり、逆にストレートでMGU-Hをフルに使って熱エネルギーを回収することが必要になる。これはモナコとはまったく逆の傾向で、新技術MGU-Hはカナダで初めて本当の性能を試されることになるかもしれない──その意味で、フェラーリには小さな疑問符がついてくる。
いずれにしても、ここ数戦の100kgの燃料を搭載しないというトレンドは消え、厳格な燃費管理が必須になるカナダGP。モナコと同じソフト/スーパーソフトが投入されるレースでは、重い状態でもタイヤ性能を維持できるマシンが強くなる。モナコのロズベルグはなぜ、あれほど搭載燃料を削っていたのか──もしもメルセデスの弱点がそこにあれば、一方的な展開は避けられるかもしれない。
(今宮雅子)