JGTC全日本GT選手権やスーパーGT、ル・マン24時間等で長年活躍し、26日に急逝したレーシングドライバーの山路慎一の通夜が2日執り行われたが、それに先立ち、山路が長年ホームコースとして愛し競技長も務めた富士スピードウェイで、山路の“ラストラン”が行われた。
多くのファン、関係者に愛されていた山路の突然の訃報には、モータースポーツ界全体から驚きの声が上がったが、スーパーGT第3戦オートポリスを終え、関係者が帰京した2日に行われた通夜に先立ち、山路が愛した富士で“ラストラン”が行われた。
当日、富士スピードウェイには当初別の走行スケジュールが入っていたというが、この山路のラストランのためにスケジュールが空けられ、2006年のル・マン24時間に山路と組んで参戦した西澤和之が、当時の参戦車両のポルシェ996 GT3 RSを富士に持ち込んだ。
スタンドには、山路に声援を送っていたファンの手により、選手時代に掲げられた横断幕が登場。現役当時所属したトムスの関谷正徳監督が、自ら山路を乗せた霊柩車のステアリングを握り、助手席には夫人が乗車。その傍らを西澤がドライブするポルシェ、山路がポルシェカレラカップジャパンに参戦した際にドライブした997カップカーが山野直也と小河諒の手に委ねられ、富士スピードウェイのスタッフが見送る中コースイン。思い出のメインコースに入っていった。
富士のオフィシャルカーや、ご遺族を乗せた9台の車両は、ゆっくりとコースを回ると横断幕が並ぶメインストレートへ。ふだんタイムを表示するブリッジには、山路に向け振られたチェッカーフラッグを受けた車列を迎えるかのように『YAMAJI THANKS』の文字が表示された。
その下で、当初の予定とは異なり西澤がポルシェを停止させると、マシンを降りた。そこには、親友山路のヘルメットを被った西澤の姿が! 西澤は、この山路を送るラストランのために富士に集まったスタンドのファン、ピットに向かって深々と一礼した。
その後、御殿場市内で行われた葬儀では、富士スピードウェイのコース図が花で描かれた大きな祭壇が用意され、笑顔で語りかけるような山路の遺影が飾られた。また、山路が身につけたレーシングギアや競技長として着用したジャケット、トロフィー、ミニカー等を展示するコーナーも設けられ、600人以上の関係者や山路に薫陶を受けたレーシングドライバーたち、ファンが皆に愛された山路との別れを惜しんだ。