2014年05月29日 15:00 弁護士ドットコム
「会いに行けるアイドル」との楽しい握手会が、惨劇に変わってしまった。5月25日に岩手県で開催された人気アイドルグループAKB48の握手会で、メンバー2人とスタッフ1人が、男性に刃物で突然切りつけられ、負傷した。男性は殺人未遂の容疑で逮捕された。
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AKB48グループカスタマーセンター長の戸賀崎智信氏によると、握手会の列に並んでいた容疑者が、突然、着ていたジャンパーから刃物を取り出して、メンバーに襲いかかった。メンバーだけでなく、メンバーを守ろうとしたスタッフも手にケガを負ったという。
これまでもAKB48の握手会ではメンバーが暴言を吐かれるなどのトラブルが起きてきたが、今回はメンバーが負傷する事態になった。多数のファンと至近距離で接することは、その魅力の反面、危険と隣り合わせでもある。
握手会を主催したキングレコードは今回、100人体制で警備にあたり、握手前には両手を広げるチェックを行っていたが、防げなかったという。このようなタレントとファンが接触するイベントで、主催者は一般的にどのような法的義務を負っているのだろうか。芸能関係の法律問題にくわしい太田純弁護士に聞いた。
「コンサートやイベントの契約関係には、多数の当事者が登場し、非常に複雑です。したがって本来、個別の責任問題を検討する際には、タレントと所属事務所の間のマネジメント契約や、所属事務所とイベント主催者の出演契約など、個別の契約を細かく見ていく必要があります」
太田弁護士はこのように前置きをしたうえで、次のように話す。
「一般論としては、イベントの主催者が安全管理上の注意義務を負っていると考えられます。この注意義務に反していないかどうか。それを考える際に重要なのが、『予見可能性』と『結果回避可能性』という考え方です。
そして、もし主催者が必要な注意を怠った結果、誰かに損害が発生すれば、民法上の不法行為の問題として損害賠償責任を負う可能性も出てきます」
難しい単語がいくつも出てきたが、ざっというと、アクシデントの発生を想定できたかどうか(予見可能性)と、何らかの手を打てばアクシデントを防ぐことができたかどうか(結果回避可能性)が重要なようだ。
今回のようなケースだと、どう考えるべきだろうか。
「コンサート等で、アーティストが観客から暴行等の被害を受けた例は、美空ひばりさんや、松田聖子さんなど過去にもあったことです。
特に今回の場合は、『握手会』という、ファンと至近距離で直接接触することを目的とするイベントです。
私自身、タレントとファンが近い距離にある特殊なイベントの会場運営に、法的見地から助言をした経験がありますが、このようなケースでは、『通常のコンサート等に求められる以上の高い注意義務』が主催者側に要求されると言えます」
それは、たとえばどのような注意義務だろうか。
「たとえば、防犯や警備体制をしっかりとすることですね。もしそれを外部委託していたとしても、主催者側がただちに責任をまぬがれるわけではありません。警備面の企画・立案・遂行の面で、どの程度の注意義務を尽くしたかが吟味されます。
もし、イベントで以前も暴言を吐かれるなどのトラブルがあったとすれば、『予見可能性があったのではないか』。荷物検査の不徹底などがあれば、『結果回避可能性があったのではないか』、といった話になってくるでしょう」
では、そうしたイベントにタレントを出演させた所属事務所にも、何らかの責任が生じるのだろうか?
「所属事務所にも、一定の責任が生じる可能性があります。たとえば、事務所側には、マネジメント契約に付随する安全配慮義務の一環として、タレントが出演するイベントの安全が十分に確保されているのか、一定の事前確認と現場確認の義務があると考える余地があるからです。
どの程度の事前確認等をすれば良いかは、イベントの目的・性質・危険度や、マネジメント契約の性質などから、個別のケースごとに判断することになるでしょう」
今回は事件が起きてしまったわけだが、その点についてはどう考えるのだろうか? 太田弁護士は次のように話していた。
「これまで、ファンとタレントの信頼関係や、ファン同士の連帯感によって、皆さんが一致団結してイベントを根付かせ、発展させてきました。それにも関わらず起きてしまった一つの事件が、大きな波紋を投げかけていることは、非常に残念です。
今後は、高い次元で安全配慮が行われ、それゆえにイベントが守られていく、そういう好循環を期待したいところです」
(弁護士ドットコム トピックス)
【取材協力弁護士】
太田 純(おおた・じゅん)弁護士
訴訟事件多数(著作権、知的財産権、労働、名誉棄損等)。その他、数々のアーティストの全国ツアーに同行し、法的支援や反社会的勢力の排除に関与するほか、非常勤裁判官として執務中。
事務所名:法律事務所イオタ
事務所URL:http://www.iota-law.jp/