2014年05月27日 17:50 弁護士ドットコム
STAP細胞をめぐる論文不正問題をきっかけに、理化学研究所が設置した「研究不正再発防止のための改革委員会」(岸輝雄委員長)。4月10日の第1回会合からほぼ毎週のように会議を開き、議論を重ねている。この改革委員会に、小保方晴子・理化学研究所ユニットリーダーの弁護団による「意見書」が提出されていたことがわかった。
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小保方リーダーの代理人をつとめる三木秀夫弁護士が5月26日、意見書の要旨を明らかにした。提出の日付は、5月17日となっている。三木弁護士は、弁護士ドットコムの取材に対して、「今回の調査委員会のあり方や進め方に問題があり、そこでの判断根拠となった『研究不正』の解釈にも問題がある。それを明確にしないままで、再発防止の改革提言などできない」とコメントした。
意見書では、小保方リーダーの研究不正を認定した調査委員会について、理研の内部規程の解釈が恣意的だったと批判するとともに、「全くといってよいほど弁明の機会が与えられなかった」など、手続きに不適正な面があったと指摘している。
三木弁護士が明かした意見書要旨の全文は以下の通り。
小保方晴子は、調査委員会による平成26年3月31日付の「研究論文の疑義に関する調査報告書」に対し、同年4月8日付不服申立を行ったが、これに対し、同年5月7日、調査委員会により審査結果の報告がなされ、同月8日、研究所により、再調査を行わない旨の決定がなされた。小保方晴子弁護団は、今般、小保方晴子が経験した調査委員会の調査の問題点を述べ、貴委員会において、調査委員会のあり方についても審議していただくことを求める。
1 はじめに
(1)懲戒の対象ともなる「研究不正」とその他の「不適切な行為」との区別を明確に示すことの重要性
貴委員会では、現在、研究不正再発防止に向けて不正防止の課題や改善策の取りまとめがなされているが、真に適切な研究不正の再発防止策を検討するにあたっては、懲戒の対象ともなる「研究不正」とその他の「不適切な行為」との区別を明確に示すことがまず大前提として求められる。なぜなら、研究不正と不適切な行為との間には、その行為がもたらす結果の重大性において厳然とした違いがあるのみならず、研究者がかかる行為に至る背景要因や事情、研究者の意識においても全く異なる問題が存在するからである。この違いをきちんと理解し把握したうえでの再発防止策が示されなければ、結局は、研究現場において実効性のある方策として定着せず、むしろ研究現場の活力を削ぐ結果を招来しかねない。
(2)判断基準の違いの不透明
今回のSTAP細胞論文に関する調査委員会の結論と、調査委員自身の論文における研究不正疑惑の予備調査の結論において見られたように、ほぼ同種の不適切な行為に対して、小保方晴子が行ったことは捏造・改ざんにあたり研究不正だと認定され、調査委員会の委員が行ったことは、予備調査によるごく一部だけの調査で早々と研究不正にあたらないと認定されたが、その判断基準の違いは極めて不透明である。明確な基準と客観的解釈に基づいた判断が示されることが極めて重要である。
(3)適正手続き面で問題
今回の小保方晴子に対する調査委員会の調査は、その判断基準が恣意的かつ不明確であったというだけでなく、弁明の機会が実質的に保障されなかったという点において適正な手続のもとでの調査が行われていない。
2 定義についての解釈が恣意的、不明確であったことについて
(1)本来あるべき解釈
理研の懲戒処分規程によると、研究不正に対する処分としては諭旨退職もしくは懲戒解雇を原則としており、研究者にとって極刑とも言うべき極めて重い懲戒処分が予定されている。これは、行為と処分の均衡原則から見て、研究不正に該当するのは、研究自体が架空の場合を想定しているとしか考えられない。労働契約法第15条は、「懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効になる」と規定しているが、これは上記の、行為と処分の均衡原則の法理を示したものである。
本件のように、研究も実験も実際に行なわれており、真正な実験の結果も存在するが、論文をまとめる際に、実験結果の掲載方法に不適切な点があったり、掲載するデータの確認を怠ったために間違ったデータを掲載したという、まさに不注意による不適切な行為に対する処分が、直ちに諭旨退職又は懲戒解雇に相当するものかという観点から見れば、その結論が明らかに誤りであることは明らかである。このことからしても、諭旨退職又は懲戒解雇という最も重い懲戒処分が予定されている不正行為(捏造、改ざん及び盗用)に該当するのは、研究自体が架空のものである場合、すなわち、無いものをあたかも有ったかのように偽装する目的性をもった悪意ある研究不正のみである。
しかるに、今回の調査においては、改ざん、捏造の定義をあいまいにしたまま適用範囲を徒に拡大した上で、さらに悪意の認定においても、単に「客観的、外形的には研究不正とされる捏造、改ざん又は盗用の類型に該当する事実に対する認識」つまり単に「(外形的事実を)知っていること」であるとか、データの管理が十分ではなかったこと自体をもって悪意で行ったと断定するなど、「科学研究上の不正行為の防止等に関する規程」が本来予定している正当な解釈から大きく離れた解釈のもとに、改ざん、捏造との認定がなされた。このような恣意的、不明確な解釈を示すことは、研究現場に混乱を生じさせ、現場の研究者の、不正防止に向けた取組意欲を阻害するのみならず、研究者の不安を煽り研究活動を萎縮させる効果しかないと考えられる。
(2)文科省ガイドライン等の解釈について
同ガイドライン等では、研究不正とは、あくまで、「研究自体が偽造、架空」のものを想定している。このことは、同ガイドラインの、特に「捏造」の定義において、「存在しないデータ、研究結果等を作成すること」と規定されていることからも明らかである。さらに、同ガイドラインや理研の規程においても、不正調査方法として「再実験(再現実験)」が明示されているが、このことは、実験が再現されれば、架空の研究ではないことが証明されるということであり、仮に論文の記載に不適切な部分があったとしても、再実験により論文どおりの結果が出れば、「研究不正」の嫌疑は晴れるという構造になっている
文科省ガイドラインが、上記のような「研究不正」の考え方を採り、その調査認定手続きを定めている以上、そして、理化学研究所が再現可能性があるとの前提で検証実験を開始しているのであるから、調査委員会としては、検証実験の経緯を見たうえで「研究不正」かどうかについての最終結論を出すべきであった。このように、理研及び調査委員会は、文科省ガイドラインの趣旨を読み誤り、研究不正調査の進め方を大きく誤ったという点にも問題がある。
3 調査委員会における手続きが不適正であったことについて
研究不正の判断と調査が適切に行われることは、研究不正との疑惑をもたれる事態の再防止をはかるうえでも極めて重要である。しかるに、今回の調査委員会の調査においては、次のとおり、手続き上、極めて問題のある対応がなされた。
(1)本人の心身状況を無視したヒアリング実施
小保方晴子は、理化学研究所に対して、調査委員会の調査が開始された後の3月17日に診断書を提出して、心身の状態が極めて悪いことへの配慮を求めた(2014年3月15日に行われた中間報告書に関する記者会見の応答の中で、調査委員会は、すでに小保方晴子がヒアリングの内容を理解しづらい心身の状態にあることを認識していた)にも関わらず、調査委員会は、3月19日には、小保方晴子に対し、関係者から提出されたものも含めた関係資料の確認のために説明を求め、その4日後の3月23日にもヒアリングを実施したが、この間も、小保方晴子は、心身の不調が続いており、ヒアリングに対応することが極めて困難であることを理化学研究所に申し入れたが、実施された。
そもそも、理化学研究所の雇用者に対する人権保護の観点からしても、診断書が提出されている状況で雇用者にそのような対応をさせたことについて大いに問題がある。しかも、再調査不開始とした審査結果報告においては、上記診断書提出直後のヒアリング結果を研究不正認定の根拠として多く引用しているのは、およそ調査対象者に対する人権への配慮に大きく欠けたものと言わねばならない。
(2)調査において全くといってよいほど弁明の機会が与えられなかったこと
本来、弁明の機会を与えるためには、調査委員会において、何が調査の対象となっていて、研究不正の判断のポイントがどこにあるのかを事前に示したうえで、かつ調査対象者に十分に弁明のための資料等の準備をする時間を与えてなされるべきであるにもかかわらず、一貫してそれがなされなかった。
(3)不服申立時の証拠開示の不備
小保方晴子は、理化学研究所に対して、調査委員会がいかなる証拠に基づいて研究不正との最終判断を示したのか、調査委員会に提出されている資料や関係者を含めたヒアリング結果等を明らかにすることを求めたが、小保方晴子本人の提出した証拠以外の証拠については全く明らかにされず、ヒアリング結果についても一切開示されなかった。そして、再調査不開始とした審査結果報告において初めて、当初の調査報告書にも記載されていなかった、研究不正認定の根拠とされる本人のヒアリング結果の内容等が明らかにされたのである。
(4)不服申立時の弁明機会の確保拒否
小保方晴子は、不服申立てに対して再調査を開始するか否かの審査の段階においても、弁明の機会を求めたにもかかわらず機会は確保されなかった。
本人は入院中であり、ヒアリングを行うにも医師や弁護士の立ち合いが必要であった。それにも関わらず、調査委員会は、連休期間中の日曜日に連絡をしてきて、翌日か翌々日(祝日)にヒアリングを実施すると一方的に期日を指定してヒアリングの実施を告げたもので、およそ配慮のかけらもなかった。しかも、同報告書にも明記されているが、弁護団からは「文書や質問事項の特定がなければ、ヒアリングに応じることはできないこと、ヒアリングは、不服申立者の体調からして1週間程度の猶予が必要であること、委員会が必要であるとするのであれば、不服申立者の体調について医師の診断書を提出する」と回答したにも関わらず、それについて委員会から何らの返答もないまま「診断書の提出が無かった」として、一方的に再調査開始不要との判断を行った。
(5)調査委員会の構成問題
不服申立てに対して再調査を開始するか否かの審査を含め、その後の審査及び再調査のための調査委員会は、当初の調査委員会の委員以外の者によって構成されるべきである。調査報告書の判断をした調査委員会は、不服申立の審査において中立の立場にあるとはいえず、手続構造から見て、公正な審査が期待できない。(以上)
(弁護士ドットコム トピックス)