『なんでさっきの周にピットインしなかったんだ? どうしてこの周でピットインしなきゃいけなかったのか、分からないよ』
セーフティカーに先導されながら無線でチームに蕩々と語ったルイス・ハミルトンの声は、静かながら普段とは明らかに違い、怒気を含んだものだった。
25周目にエイドリアン・スーティルがヌーベルシケインで激しくクラッシュし破片をまき散らしたが、メルセデスの2台がコントロールラインを通過するまでにセーフティカー導入の決定が下されることはなかった。ハミルトンは事故が起きたその周回にピットインを望んだが、メルセデスはセーフティカー導入が決まった翌周にピットへと呼び入れた。
「チームも事故があったのを見ていただろうし、(セーフティカーが入る前でも)ピットインすべきだと思ったんだ。いつもはそうしているからね。でもチームは呼び入れてくれなかった。絶対にあのラップにピットインすべきだったと思うけどね」
セーフティカー先導中の2台同時ピットストップでは、前を行くニコ・ロズベルグを逆転することはあり得ない。ハミルトンにとってそれは、勝利の可能性を奪い取られることに等しかった。
「逆転のチャンスは2つしかなかった。僕らのスタート加速はほぼ同じだったから、ピットストップが最後のひとつだった。でもニコにとって完璧なタイミングでセーフティカーが入ってしまったんだ。だから僕にはもう逆転のチャンスはなかった。それだけのことだよ」
逆転は異なる戦略でのみ許されるーーそのポリシーを掲げるメルセデスは、2人のドライバーが同じ戦略を採る場合にはコース上でのバトルを許していないからだ。ハミルトンを先にピットインさせてしまっては、チームとしてハミルトンの勝利を優先させることになり、チーム内での秩序を著しく乱してしまう。前を走るロズベルグに不利になるような戦略を選ばせられない、チーム事情がある。それでも、ハミルトンは無線でエンジニア訴えた。
『僕に残された選択肢にどんなものがあるのか、ちゃんと教えてくれよ!』
もちろん、ハミルトンはもう逆転のための選択肢が残されていないことを分かった上でそう聞いた。マシンを降りヘルメットを脱いでも口を真一文字に固く閉じたまま、ハミルトンは自身の勝利の可能性を奪い去ったチームの決定に怒りの炎を燃やしていたのだ。
(米家峰起)